騒がしい未来

サッカーやインターネット、旅行、日々のお仕事など、普段思ったことををつらつらと書いていく、高須正和のブログサイトです。 さいきんはtwitterばかり。

コラム リトル★ハッカー 「ハッカー」になった子供たち

リトル★ハッカー 「ハッカー」になった供たち
ダン・ヴァートン 山形 浩生 守岡 桜
翔泳社 (2003/12/16)
売り上げランキング: 271,208
通常2~3日以内に発送します。
おすすめ度の平均: 2.5

5 楽しくてやがて悲しき. . .
3 古き良きインターネット20世紀の青春物語
1 「だからどうした?」の読後感

 読んだ。ムチャクチャ面白かった。

 ツッコミどころはいっぱいある本である。訳者もあとがきでツッコんでいる。
「作者は、ハッカーにはたいして詳しくない」「載ってる人の何割かは、そもそもハッカーかどうかすら怪しい」うんぬん。amazonの書評も同じく。

 「なにかのため」になるような本ではない。ルポルタージュやドキュメントとしても疑問だ。どっちかというと伝記に近く、資料性をあれこれいうものでもないし、役に立つようなことは書かれていないのだろう。

 ただ、この本は結果的に「フツーの人がコンピュータにハマる過程」がきっちり書かれていて、それはコンピュータの好きな自分のツボにハマった。コンピュータは最初はホントに何をしたらよいかわからない道具、それこそ電源の切り方からしてわからない道具だ。でも、少しずつ使い方を覚えていくにつれ、これほどいろいろなところが設定で変えられる道具はなかなかないことに気づいていく。始めて自分の部屋を持った人間が、ちょっとは内装に凝る(凝り方にはそれぞれの美学があるだろうけど)ように、ハマっていく。

その延長線上、しかもかなり近い位置にサーバやインターネットの仕組みがあり、知識がそこまで伸びていくと、もっといろんなものを知りたくなるし、もっとコントロールしたくなる。コンピュータの仕組みはいろいろなところで似ていて、知識同士がつながって「目からウロコが落ちる」思いを何度もする。

 そうしながらコンピュータを好きになった人にとって、この本は面白いと思う。自分はどうもアンダーグラウンドな雰囲気が嫌いなのでクラックを趣味にはしなかったけど、いくつかハッキングツールを試したり、侵入を試みたりしたことはある。昔に。それに、だんだん遠くなりつつある90年台、前世紀の末は、セキュリティと言う言葉がまだ専門家の間でしか語られない、悪い意味で「なんでもあり」な時代でもあり、そのときリアルタイムにコンピュータ屋(当時はデザイナーだったりディレクターだったり)だった自分にとって、ノスタルジアも感じた。恥ずかしながら自分も、インストールしたばっかりそのままの設定のLinuxでFTPサーバを公開したことがある。
 ノスタルジアでいえば、コンピュータそのものが「怪しいもの」だった。この本には「家にコンピュータが来た衝撃」が綴られているけど、自分は「家にテレビが来た衝撃」を知らない。90年代に生まれた子供たちにとって、コンピュータは「何かしら1台は家にあるもの」になっているだろう。「人の家に、コンピュータなるものを見に行って感心した」というのは1974年生まれの自分の世代だけの記憶だと思う。

 近くて遠い90年代。あの時代の、普通の雰囲気を込めた本は、なかなかない。

■04.09.17 [ クラブからのお願い ]

先般、欧州CL(ASローマ対ディナモ・キエフ)において、観客席から主審に向けて物が投げられ、主審が頭部に傷を負い、試合が中止になる事態が発生いたしました。
これにより、ASローマは厳しい処分を課せられる見通しです。
レッズサポーターの皆様におかれましては、いかなる判定があっても、今までどおり節度ある応援と行動をよろしくお願いいたします。

浦和レッズ代表 犬飼基昭

 クラブ公式より。

 たぶん、本当はもっと例にあげたいことがあるんだろうなあ。ここ数試合、磐田座り込み・柏暴動と続いているし。

 例として欧州を出し、サポーターの心をくすぐるフロント、この件は見事です。

 これまでギリギリでしか行った事のない埼玉スタジアム2002(以下埼スタ)に、キックオフの3時間前に行った。
 「浦和VS鹿島アントラーズ3000人応援バスツアー」の受付のために、初めて埼スタに早く行ったのだけど、埼スタなら1日つぶれる。

 スタジアムの周りは広い公園になっていて、ブラスバンドや出店が出ている。
広い芝生の上でボールを蹴っている人もいる。

 順番待ちのサポーターはすでに3時間以上並んでいるのだと思うが、殺伐とした雰囲気はない。
長い付き合いのサポーター同士で、弁当を食べながら盛り上がっている様子。
浦和の試合はこうして始まる。

 これなら毎週、来る人がいるのもわかるし、雨だと入場者数にかげりが出るのもわかる。
この人たちにとってフットボールは、スタジアムの中だけじゃないのだろう。

 新潟サポーターはかなりの人数が来ていた。スタジアムの外には、見た事のない数のバスが止まっていた。
オーロラビジョンの下まで相手サポーターに埋め尽くされたのは初めてかもしれない。声も良く出ていた。

 残念ながら試合はかなり大味。永井スタメンのときに比べて、達也のほうが決定力があるぶん、チーム全体として「前の何人かで決めてくれ」というサッカーになるようだ。

 大分戦に続き、チームとしての調子はそれほど良くないのだろうけど、前線の決定力でしっかり決めてしまった。
 達也はまだチームにフィットしていない印象。細かいところでパス交換の意思疎通にズレが見える。こうしたところは多分慣れで解決するしかなくて、最初パスが合わなかったアレックスは今ではきっちりフィットしている。
 パスがきっちり回る、敵陣で長い時間をかけて波状攻撃ができる、と言った部分では永井がスタメンのときのほうが、見ていて面白いサッカーになる。が、チームとしての強さはまた別なのだろう。達也のほうが点の取れる気配はする。エメルソンとの連携は試合ごとに良くなっているようで、あと1試合もすれば去年のように完璧になるだろう。
 混乱した相手DFが、オウンゴールを重ねたこともあって4-1。しかも課題だったセットプレーからきっちり決められたのは大きかった。
 完全ではないながらも勝つ、ちょっと勝ち癖がついてきた。攻撃としては後半の方が面白い攻めが見られたのも、息切れしがちだったレッズとしては頼もしいところ。

試合後、退場した山瀬の今季絶望(ヒザ十字靭帯断裂)を知る。レッズだけでなく日本の未来を担うフットボーラーとして、彼が1年近くトップフォームを取り戻せなくなるのはなんとも無念だ。
 トラップ、プレス、パス、ドリブル、シュートとすべてにレベルが高く、場面場面でのプレーに迷いと間違いがなく、しかも古典的な日本人プレーヤーと違ってプレーに連続性があり、
 「プレスをかけてボールを奪って逆サイドにサバき、ゴール前まで走りこんで逆サイドが運んだボールをダイレクトでFWに叩いて決定的な場面を演出し、なおかつそのコボレ球に詰める」
という、運動量とインテリジェンスにあふれたプレーができる逸材。浦和で唯一演出ができる、まさに「浦和のキング」。司令”塔”として佇むのではなく、トップスピードに載ったまま指示をする、戦う浦和のキング。

 なんとか、トップフォームでの復活を。世界でも最高の医師にケアしてもらえるよう、球団は頑張ってほしい。

 そして、ますます厳しくなってしまったけど、なんとか優勝を。

keep the faith
Keep the Faith [Enhanced]
CROSS ROAD
クス・ード/ザ・ベスト・オブ BON JOVI

 久々にCD棚の奥から取り出してBON JOVIを聞いた。どっちも、もう10年ぐらい前の曲が詰まっているCDなのだけど、何か新しい発見があった。

 自分は頭が雑駁にできているせいか、極端なものがとにかく好きなのだけど、特にKeep the faithは極端なCDだ。

 何しろ1曲目のタイトルが I believe,2曲目がKeep the faithである。
I believeは、
オズの魔法使いの物語(カンサスから魔法の国に送り込まれてしまったドロシーが、脳味噌のないかかし、心のないブリキの木こり、勇気のないライオンといっしょに、オズの魔法使いに望んでいるものを授けてもらうために旅をする話)を下敷きにして、

「魔法の国なんて存在しない。オズの国を夢見たけど、どこにもないんだ。
でも、自分には脳味噌も心も勇気もある、
楽しいことなんてなくても、真実さえあればそれでいい、
そのために死に、泣き叫び、死に物狂いで求める気はあるか?

オレは信じてる、力を合わせれば小さな息吹でも大きな叫びに変えられると、
信じてるんだ!」

 と唄う。15歳や17歳で唄うんじゃなくて、現役バリバリのロックスターで、商業主義ののもつれでボロボロになった、30を越えたいい大人が唄い、体現していく。
 武者小路実篤の「真理先生」にも似た、ユーモラスなほど徹底した人生肯定。

Keep the faithは曲名からして「そのもの」だが、
「世の中ってかなりどうしようもないけど、だからこそ信じつづけたい。信じていればきっと雨は上がるから、がんばろう!」
BON JOVIのこの種の曲には徹底した絶望と徹底した希望が同居していて、どっちにもウソがない。ここまで純粋だと、ある意味パンクだと思う。

CROSS ROADに収録されているロック・スター然とした曲の中にも、同じ視点はある。
大ヒット曲Livin’ on Prayerの、
「やるだけのことはやってみよう、うまくいくよ、
半分までは来たじゃないか、祈りながら生きていこう」
にも絶望と希望は同居していて、Believeしているのだと思う。

 「信じる」のは難しい。
政治を信じられないから投票率は下がるし、
会社を信じられないから無職率は上がるし、
人を信じられないから引きこもるのだと思う。
 自分も、「信じてくれ」と言われたら、騙されてると思ってしまう。

 皮肉のための皮肉はない、反抗のための反抗はない、捨てるものもないから、触れれば壊れるようなモロさもない…なかなかこうカッコよくはなれるものじゃない。だからこそスターなのだと思う。

 今は遠くで頑張っている友人から、「どんな人でも、いろいろつきあってみればいいところがありますよ。やな人なんかそんなにいないものです。」と言われて、かなり衝撃を受けたことを思い出した。何かをBelieveしていないと出せない言葉だ。たぶん自分は死ぬまで口にしないと思う。
 友人からまるでお告げのように、確信に満ちたポジティブなメッセージを時々聞いた。友人はBON JOVIが好きだった。

「MATALBANNIA」
古き良きメタルの遺産。
歴史は繰り返す。

高須

9/9,10の2日間、AM2時台という深夜ワクに、テレビ東京で放映。爆笑問題が解説。

WOWOWでも放映されていたが、それとは違う回。全部で12回のシリーズ(全部DVDになっている)のうち、wowowで放映されたのは4回だが、今回はダブりが2回、初めてのものが2回。

wowowとちがって日本語吹き替え版で、この吹き替えは秀逸。ブッシュの吃音もしっかりと表現されていて、字幕よりもストレートに伝わるかも。

全体的には、とにかく深夜ワクとはいえ、
「黒人は携帯電話やフライ返しなど、何を持っていても銃に間違われて打たれるから、黒い財布をオレンジのものに交換する」
「年収100万ドル以上の人による貧乏人パイ投げコンテスト」
「ニューヨーク市のポルノ禁止令(ポルノグッズを置く店は、40%はポルノ以外のグッズを置かなければならない)に反対して、ジュリアーニ市長グッズとポルノグッズを併売する店を開く。市長印のポルノグッズ(バイブとか)も置く」
などなどのネタを民法で放映したのはさすが。

が、解説役の爆笑問題は余計だったように思う。ドキュメンタリーとしての側面を取り上げるなら、番組の背景になった「アメリカなるもの」をしっかりと掘り下げてほしかったが、地上波ではさすがに難しいものも多々あるだろう。
 できれば、「面白い番組」の解説に徹して、「彼の番組がなぜ面白いのか」を、当代一流の漫才師として、解き明かしてほしかったが、時間が足らなかったのかもしれないが、非常に安直だった。

我田引水とかテーマの運び方が強引といった手法に対する批判はあるし、徹底した取材だから面白いという評価もある。でも、ユーモラスとマジメをセットにしながら語るムーアの手法のどこが面白いのか、納得いく解説をしてくれたものを、自分はまだ読んだことがない。
エンターテイメントの方面からムーアを解説してくれる人が多く出てきて、「商業的に成功するドキュメンタリーとはどういうものか」の方法論が確立されるようになり、日本にも、多くのマイケルムーア・フォロワーが登場するようになってほしい。

次はどこかの地上波で、強烈リストラ反対映画「BIG ONES」(個人的には一番良い作品だと思う)が放映されないかな。

今日はカナダからのブルースギタリスト、ボブ・ブロッズマンとのライブ。
全部生楽器でこんな音が出るなんて、、、感動。
平安さんは、懇意にしていただいているアーティストで、いつも都内の飲み屋でLiveをしてくれます。三線のプロで紅白にまで出た人ですが、気取らぬ人柄と、どんな音楽もLiveに取り入れてしまう柔軟性が人気の秘密かと。
今日も民謡あり、ブルーズあり、ジャズありと、盛りだくさんのLiveでした。


もう10年来の友人と、ナビスコカップ浦和・横浜を見に行った。浦和の快勝に気を良くして、東川口で少し飲んだ。

 友人は私におとらず物の見方が独特で、「自分のやり方」を通せる職業・生活を営んでいるせいか、良い意味でいつも世間ズレせず、変わらない。

 浦和の10年来の戦術の変化を話しつつ酒を飲みつつ、友人は面白いことを切り出した。

「日本に本当のプロスポーツはサッカーしかない。野球は、あれはプロではない。」
サッカー部だったせいでサッカーも見るが、好みははっきり野球の友人である。意外だったが、理由がまた面白かった。

「ファンが、”勝たせよう”としていないんだ。

アテネの、2回目のオーストラリア戦をみたか?”ここはバントしかない”という場面で小技の聞く谷にバントをさせず、”何でここでバントを?”という場面でバントに向かない中村ノリにバントをさせる。
 挙句にオーストラリアに2回連続で負けて帰ってきて、その采配を誰も問題にしないし、ファンの誰も文句を言わない。そもそも監督が病身のときに誰も代理を立てないことを問題視しない。

 オリンピックから帰ってきて、松坂もロッテの小林も、ムチャクチャ調子がいい。オリンピック以外の普段、いかに真剣勝負をしていない、”なあなあ”でやっているかという証明だ。

 サッカーがイタリアとパラグアイに負けることと、野球がオーストラリアに2回続けて負けること、どっちが番狂わせか。サッカーは順当負けしていても、負けたから監督は責任を取る。敗因をきっちり分析し、監督は針のむしろ。
 A代表は、たかだかインドとやるために、海外からスターを呼び寄せる。勝負に臨む姿勢がピリピリしているし、全力をつくすのはあたりまえで、それでも結果を問う。
Jリーグも10年前と今はぜんぜん違う。A代表も比べ物にならない。」

 野球に関してはともかく(自分はすっかり見なくなった…テレビでさえ、1試合丸ごと見たのは多分横浜ベイスターズ優勝のころ。巨人のローテさえわからなくなった)、サッカーに関しては同感。

 友人の話を聞きながら、最近blogで読んだ岡田マリノス監督の言葉を思い出した。

-(Jリーグが劇的に誕生してさらに)成功した要因はなんだったのでしょう?
岡田 理念というものが意味をもったと思いますよ。(中略)プロ・スポーツは金儲けの工業なんだけど、Jリーグは、ただの興行ではない。お金をもらってショーを見せるんじゃなく、ホームタウンのスポーツ文化を発展させ、町おこしに貢献し、ライフステイルを変える拠点にもなり、ひょっとしたら環境問題にも関わる。それがメインの目的ではないけど、理念がなければ、イメンの活動を支えられないし、メインの目的も達成できない。

(中略)

-レアルマドリッドが来日してジダンの凄いプレイを見て感動しますが、「おらがチーム」を応援する感動とは比べ物にはならない・・・。

岡田 そこがファンとサポーターの違いですよ。サポーターはチームとともに闘うなかで感動を得る。ファンはお金を払って感動を買う。経済的に潤った現代では、感動をおカネで買えるようになった。けど、おカネでは買えない感動をJリーグは与えられるようとしているし、それを多くの人々が求めてもいるんだと思いますよ。

Sports Yeah! Sports Yeah! 8/27-9/9号 岡田武史インタビューを、
フットボールは未来の兵器であるから引用

 しかも、岡田監督はこれを、2003年から言っているそうだ。。

「ファンは、チケットを買ってショーを楽しむ。
サポーターは違う。 選手と一緒になって戦っている。
この力があって完全優勝することが出来た。」

 マンチェスター・ユナイテッドの監督サー・アレックス・ファーガソンも同種の発言をしているようだ。

『人々は観光気分でスタジアムにやって来る。シートにどっかりと腰を下ろし、楽しませてもらうのを待ってる感じだ。彼らは本当の意味でクラブを応援しているわけではない。伝統的なサポーターというものは、選手の気持ちを奮い立たせるように、唄を歌いながら激励する。それが本来の姿だ』

『最近のオールド・トラフォードは物見遊山で足を運ぶ人たちばかりだ。肝心なプロセスには参加せず、ただ単にスリルを味わうためにやって来る。その結果、スタジアムは静まり返り、暗いムードの試合がいくつかあった。オールド・トラフォードは、いや、サッカーが行われるスタジアムは、そういう人が来る場所ではない。』                      アレックス・ファーガソン

「サッカーが行われるスタジアムは、そういう人が来る場所ではない」

おそらくこれが、サッカーの常識なのだろう。ブッフバルトもトゥーリオもエメルソンも、サッカー大国の人間は「言わなくてもわかっていること」なのだろう。彼らは足が攣るまで走る。負けたらグラウンドに倒れこむほど、全身全霊をプレーに注ぎ込む。
 浦和・横浜戦、勝った瞬間アルパイはグラウンドに倒れこんだ。
横浜Fマリ、那須はサポーターの前で泣き崩れた。

 豪雨の中、サポーターは試合後、選手がグラウンドを1週して引き上げても、なお凱歌を上げつづけた。

 東京ドームは?西武ドームは?サポーターはいない。阪神ファンは?「チームを勝たせよう」と常に能動的に動いているか?負ける理由付けをしているだけではないか?

自分はレッズサポーターとして、どの程度能動的に動いているか、怪しいところだ。単なるファンかもしれない。じっくり試合を見たいときに、ゴール裏を避けることも多い。遠征はほとんど行かない。

 でも、試合を見に行きつづける限り、blogは書く。自分が行きつづける限り、なるべく他の人を誘うと思う。そして、ゴール裏にいないときでも、コールはする。

「能動的であろうとすること」で、サッカーとインターネットの熱さは似ている。私はどちらも好きだ。ファンではなく、サポーターでありたいと思う。

 岡田の発言を引用した「フットボールは未来の兵器である」の追記が、すばらしい文章で結ばれている。

クラブチームの「サポーター」としての哲学をもち、それを行動に移すことができるものの努力だけが、マーケティングと資本の力学を超えて、日本のサッカーの文化を発展させていけるだろうということは断言できる。そして、そのときこそ、フットボールは未来の兵器たりえるのだ。

同じく、インターネットの一部としての哲学を持ち、行動に移すユーザーの努力は、マーケティングと資本の力学を超えてネットを発展させつづけている。
 その意味でサッカーとサポーターは、極めてインターネット的だ。

-追記——————–
 今回、トラックバック先が多いせいで、「保存」がスムーズに行かず、
2重・3重にトラックバックを送ってしまったblogがあります。
 運営者の皆様、誠に申し訳ありません。

友人のやってるサイト、「風のまにまに号」で公開されていた、
「movable typeの編集ボタンを増やす」機能を追加。

これは便利です。ついついこの手のタグ、手で打ちたくなるけど、そうすると昔ながらのタグしか打たなくなるんだよねえ。

MTの編集画面にDreamweaver風のボタンを:風のまにまに号

「表音文字(アルファベット)圏と表意文字(漢字)圏では、文字が認識出来ない原因になっている脳の障害部位が異なっている」

らしい。

 ひらがな漢字両方使う日本人や、日本語英語完全なバイリンガルの人はどうなるのだろう。
何かとても興味が湧く。

外見(要は骨格や筋肉のつき方)が人それぞれなように、脳味噌の中身(とその使い方)もヒトそれぞれなのだと思うけど、それが科学的な裏付けができるのは、ちょっと面白い。

スラッシュドット ジャパン | 文字を読むための脳の働きは表音、表意で異なる

RSSリーダーに引っかかってきてたまたま見たall aboutの「心の病気」コーナーが、ちょっとひどい。

http://allabout.co.jp/health/mentalillness/中嶋 泰憲というヒトが書いてて、この人精神科医らしいのだけど、コラムとしてはとにかくひどい。

この「ひどい」には、「目的が間違ってる」と「手段がヘタ」とあると思うけど、前者が目立ちすぎて、目的がわからない。
心の病に関する偏見・誤解を、助長してるようにしか見えないのだ。

人はみなそれぞれ少しずつ、あるいは大きく個性があるわけで、マトモ・マトモじゃないの間は、広くて深いグレーゾーンがある。心の病に関する誤解も多いから、話題にするには慎重にならなければならない、と思う。特に専門家は。

で、この人がひどいのは、その辺が無遠慮すぎる。ワザと無遠慮に書いて偏見を助長したいのか、ヘタすぎてこういう書き方しかできないのかわからないけど、どちらにせよ「専門家として、多くの人が読むところに書く」としては失格だ。2chとかに書き込むならともかく。

特に、この2つがひどい。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

異常な人格って、どんな人格?http://allabout.co.jp/health/mentalillness/closeup/CU20021212B/index.htm

●人格異常とはどんなもの?

大きく3つに分類されます。
1. 奇妙で風変わりなライフスタイルの人
2. 感情面が安定していない、いわゆる情緒不安定な人
3. 不安や恐怖を強く感じる人といった具合です。

人格障害は一般に、一生を通じて安定しているので、治療して治すというわけにもいきません。

反社会的人格障害とは?http://allabout.co.jp/health/mentalillness/closeup/CU20040901A/index.htm

あの連続殺人魔は?

最近、お隣の国で連続殺人魔がつかまった事件、みなさまご存知ですか?金持ちの高齢者や出張マッサージの女性ら26人以上を殺害したというニュースには、声も出ないほどのショックを覚えますね。犯人は34歳の男。高校2年の時、窃盗で少年院に収監されて以来、刑務所を何度も出入りしていて、犯行後も「金持ちは反省してほしい。女性は軽々しく体を扱うものではない。」などと発言し、罪の意識が全く感じられません。これはまさに反社会的人格障害と思われます。

反社会的人格障害では傲慢で怒りやすい場合が多いのですが、表面的に魅力があり他人を引き付ける能力がある場合もあります。しかし、自分の為なら他人の事など顧みません。子どもの頃から問題行動が多いのは反社会的人格障害の特徴なので、そのようなお子さんは専門家に診てもらう必要があると思います。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

どっちの記事も、デリケートな問題を扱うときの謙虚さがまったくない。ワザと無造作に書いてるんじゃないかと思えるぐらいない。

精神科医が、対面したこともない人(殺人犯)を軽々しく「人格障害」呼ばわりするのは、不注意で済まされるものなのか?医者が点滴間違えるようなものではないのか?
しかも、精神科医が人を指して、「殺人魔」と言っていいものなのか?人じゃなくて「魔」。

「自分のためなら他人を省みない」「子供は問題行動が多い」のは、ある程度までは人としてあたりまえの姿じゃないか?
この人は「罪と罰」も読んだことなくて、「15の夜」も聞いたことがないのか?
「盗んだバイクで走り出す」ぐらいの若気のいたりは、正常なのか異常なのか?成人式で暴れる連中(大嫌いだけど)は、一生直らない「魔」の人なのか?

 人様の頭の中身を軽々しく「これは不良品」と表する人が、精神を扱って商売するのは、セキュリティ意識のまったくない人がSEやるよりひどい。

「こんなのがあるぞ!怖いだろう!」と言わんばかりのコラムを専門家が書くのは許されて良いのか?

次のコラムは『 次回は吸血鬼伝説の元になったハンガリーの伯爵夫人の話です。 』
だそうだ。

トラックバック送りたくてしょうがないけど、うけつけてないので、コメントとしていくつか書き込んだ。

反応してくれるだろうか?