騒がしい未来

無駄に元気な毎日を送っている、チームラボ所属 高須正和のブログです。最近はtwitterメインで更新中

 ヌーベルブログでのこの記事
http://www.adnec.com/blog/archives/2004_10_07_173910.html
を見ると、はてなアンテナのバックボーンは、わずか15Mなんだそうです。
2004年 9月度で 1.6億PV を記録した、日に換算するとだいたい 500万強PVの巨大テキストサイト「はてなアンテナ」が、だいたい15Mの回線でさばけることになります。
 これなら、今は月に5000円以下で引ける家庭用の光ファイバ(ひょっとすると、世界一安いんじゃないか?)があれば、どの家でもこんなサービスを自前で構築することが、インフラだけ考えればできることになります。

 おそらく、この規模のサービスだと、最低でもサーバーが6-7台(構成にもよるけど)必要なように思えますが、それもそれぞれが安価なPCの寄せ集めでイケるわけですし、おそらくミニマム数十万円の規模で、まあなんとかなると思います。学生がバンド組んだり何か新しい趣味始めるときにかかるコストと、そう変わらないんじゃないでしょうか。

 はてなアンテナのように「安価な回線とサーバ,たっぷりの情熱と知識」という構成でなく、コマース・決済系の商用でガチガチな世界だとまったく別で、ダウンしてから復旧まで何分以内とか、メイン系と待機系を持たなければならないとか、広告宣伝の結果によってアクセスに極端なピークが来るからそれに備えるとかで結局何千万円の話になりますが、おそらくはてなのような構成で作り上げても、それほどサービスレベルは下がらないと思います。(その「ちょっとの差」と「保障」が商用系だと問題なんですが)

 はてなの伊藤さんは、この記事をこう結んでいます。

開発にかかるコストはもはや個人の財布でどうにでもなるところまできました。インターネットの世界で何かをするために必要なのはお金でもなく設備でもなく、ちょっとしたアイデアと一歩を踏み出す勇気だけかもしれませんね。

 まったく同感で、オープンソースのソフト、法制度、文化その他もろもろ、人々がインターネットに詰め込んだ情熱と知恵とエネルギーが、コストをさほど重要視せずなんでもできる、今のインターネットを作りつあります。
 「面白いこと」重視の文化、というものがインターネットにはあると思います。

 最近いたく感心したレッシグ教授のCODEにあるように、「技術の世界では、当初の思想どおりに物事が設計されていく」のですから、今のインターネットが、(趣味で自分でやる限りは)コストのかからない世界になっているのは、そうインターネットが設計されたからだと思います。
 このあたりは携帯サイトが、キャリア主導の、ハナから「企業が提供するもの」として動いているために、ビジネスはともかく、文化としてはさほど動いていないのとは好対照だと思います。

 ただ、自由なるインターネットも、どんどん成熟しつつあります。未成熟なときは怪しげで「面白ければ何でもあり」の世界だったインターネットは、既存の「システム開発」の枠組みに取り込まれつつあります。

 「インターネットにつながるコンピュータやサービス」は、ある意味凶器のような破壊力を出すこともできますから、使い方を制限するのもわかります。
 また、「使い方」について、きっちりとルール化していくのもわかります。昔は「わかってる人」だけの道具だったものを、みんなで使うようになるわけですから。

 きっちりした「システム開発」の文化で育った人は、「情報の階層化」や「ストレスにならず、かといってダダ漏れにもならないセキュリティ」といったものを身に付けて育ちます。リトル★ハッカーにあるとおり、「もうネットはハッカーくずれの闊歩する世界ではない。ホンモノのハッカーはだいたいセキュリティの専門家として稼いでいて、独学の少年がしっかりしたシステムに侵入するのは難しくなっている」のです。成熟した世界であるだけ、学ぶこと・覚えることは増えてきます。
 難しくなれば、面白いところにたどり着くまでに必要なものは増えてきます。ルールを覚えて使いこなすのは煩雑ですし、いちいち監視や報告をしなければならないのは、ウザいだけです。

 自分の会社や得意先でも最近、個人情報保護法案のせいもあり、資料は必ず鍵のかかる箱に入れなければならないとか、USBメモリやCD-Rの使用が制限されるようになりつつあります。システム開発が専門の会社になると、アプリケーションのインストールが制限されていたり、そもそも外部へのインターネット接続自体が禁止されていたりします。
 (情報収集目的でも行ってはいけないそうな)

 怪しい世界から抜けつつあるから、ルールができてくるのは当然です。スペイン・ポルトガルが南米でやりたい放題やっていたような時代は、もう終わっているのですから。

 ただ、こうやってネットが進化していく中で、「面白いこと重視」な精神までルールを設けられ、枠の中でしか発想できなくなっていくとしたら、それは避けなければなりません。インフラコストが下がり、ますます「新しいことを始めるコスト」は下がりつつあります。

 面倒くさい事は増えた。つまらない事も増えた。でも、コストが下がるとか新しいツールが出てくるとか、便利な事も増えているし、「おもしろさ」はまったく変わっていないはずなのです。

blogの隆盛で、コード書きだけではなく、「ネットについて何か書いたり・読んだりしたい人」にとっても「やりやすい」世の中になりつつあります。

blogの隆盛は実際たいしたもので、自分が興味を持っているいくつかのテーマ(サッカーとか)では、深い議論はどんどん2chのような匿名掲示板から、blogの世界に出てきつつあって、ネットの中の情報のありかたも変わりつつあります。
(そのぶん匿名掲示板が荒んできている気もするのですが)

 自分自身はプランナーなので、閲覧制限は掛かっていません。勤務中でも気晴らしにいろんなサイトを見ることはあります。
 ただ、家でじっくりサイトを見て、こうして何か書く時間はキープしつづけたいと思います。オフィスの制限された環境は、ネットが生まれ・育ってきた雰囲気とはまた別のもので、そこに染まってしまうとサービスはできても、「新しいことを始めるちょっとのアイデアと勇気」はなくなってしまうかもしれません。情報を受け取るのではなく、出していく。消費するのでなく、自分のものとしてちょっとしっかり考えてみる。良いサービスなら広めてみるし、悪いサービスなら使わないように呼びかけるか、改善のポイントを送る。
リアルの世界とはまったく違うスピードで、コミュニケートしたら答えてくれる。環境を変えることが出来る。
常に変化し続ける事が、そもそもネットの魅力だし、気に食わない変化の兆しに対しては、何らかの手段で「別の道」を提示できるのもインターネットなわけですから。

 NDO:Weblogのこのgoogle desktop searchの記事にあるように、新しいものが出たらとりあえずhack(そりゃあ、どの程度の腕によるけど。自分だと、使ってみるだけでhackだけど)しなくなったら、その向こうに「ちょっとのアイデアと勇気」は出てこなくなると思います。

 あくまで1ユーザ。何の束縛も制限もなく、「面白い事」を追っかけていく。
AdministratorだろうがDirectorだろうがマネージャーだろうが、「インターネットの世界」で存在しつづけるには、その感覚を持ちつづけなければと、自戒を込め思います。

アホでマヌケなマイケル・ムーア
アホでマヌケなマイケル・ムーア

 エンターテイメント性に満ちたムーアの作品群はどれもある種の「うさんくささ」があるわけで、アメリカ国内でも批判の声があるのは知っていて、この本の翻訳は待っていた。

 で、ガーッと読んだのだけど、あまり面白くなかった。

 内容は、
・マイケル・ムーアのドキュメンタリーは、実際には編集による事実の歪曲が多く、フィクションだ

・マイケル・ムーアが人間としてイヤな奴だ

 何か、小林よしのり「ゴーマニズム宣言」に対する批判に良く似ていて、どちらも正しいのだろう。

 ただ、それとは別にこの本はあんまり面白くない。ムーアの事実歪曲の証明も、厳密さと詳細さに欠けている(「ボウリング・フォー・コロンバイン」のヘストンの演説の部分ぐらい)し、多数の著者のムーア批判をそのまま詰め込んであるようで、いろんなところに同じ主張の繰り返し、似たような記述が出てくる。
 ムーアがイヤな奴、に関しては、映画を見たら多分そんな気はするし。また、ムーアの映画がウケたのは、書かれている内容が全部ドキュメンタリーとして真実(ニュース番組のように)だからではなく、挙げたテーマが人々の気分、不安に答えるものだったからだと思う。
 ムーア批判をするなら、「なぜあれがウケたのか」に、もっと切り込むべきでは?

 おそらく、ムーアの名声が上がるにつれてしっかりした批判本は出るだろうけど、そのころにはこの本は忘れ去られてしまっていると思う。

 むちゃくちゃ忙しいなか、昔見た映画を見返した。

ジーザス・クライスト・スーパースター
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン (2004/09/24)
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おすすめ度の平均: 4.21

3 注意!!これはリメイク版です
4 ジーザスマニアは必見
4 初めて観ました。

ジーザス・クライスト・スーパースターは、LD時代で出ていた1970年代の作品からずっと大好きで、図書館に通いつめて何度も見た。(自分ではLDを持っていなかったので)

今回のDVDは本当に心待ちにしていて、amazonで予約までして買った。
1回目は見てガッカリ。というのは、LD盤とはキャストも世界観も違うので、その「違い」を許容できなかった。
 特典の、「どういう視点からリメイクしたか」の説明や役者達のレビューを見たり、何度も見たりして違和感が消えてからは、純粋に作品を楽しめた。

 やっぱり、すばらしい作品だ。

amazonの評:娯楽色が強く、かつ深い思想にあふれ、数々のミュージカル・ナンバーが楽しめる。

 すべて、この評価そのもの。

 イエスを純粋に「人間」、ユダを「当初から行動を共にしていたリーダー(イエス)と集団が変わっていくのを危惧している皮肉屋」としてとらえたこの作品は、イエスがリーダーとして祭り上げられ、イエス自身もその環境に変容し、時の権力者に脅威と思われ、やがて民衆からも石を投げられる。

 音楽も演技もすばらしい。テンポよく進んでいく映像、しっかり歌い上げながら表情と演技する役者達、非常に質の高いエンターテイメントがここにあって、ついついミュージカルのナンバーを口ずさんでしまう。
 筋立てで見せる映画ではないので、面白さを説明するのは難しい。
 音楽が好きな人、映画が好きな人、何かに悩んでいる人、教会に行ったことがある人、どれかに引っかかったら、ぜひ見てみてほしい。

誰も教えてくれない聖書のèªã¿æ–¹
ケン スミス Ken Smith 山形 浩生
晶文社 (2001/01)
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おすすめ度の平均: 2.5

3 「そうだよね」の本
2 期待しすぎた・・・
4 救いの本ではありません

 聖書ものでもうひとつ読んだのがこれ。あんまり何かの役に立つわけではない、雑学本だけど、いちおう教会に10年ぐらい通ったことのある自分(幼少期)としてはかなり楽しめた。
 聖書のなかの荒唐無稽なところを列挙してある本で、ついついまた聖書を読み返したくなった。
 キリスト教徒はその教義が理路整然としているから信奉しているわけではなくて、なんとなく環境に引かれて教徒になるのだと思う。自分の場合も、通っていた幼稚園がキリスト教だったから教会に行き始め、他のことが楽しくなってから行かなくなってしまった。

 

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