騒がしい未来

サッカーやインターネット、旅行、日々のお仕事など、普段思ったことををつらつらと書いていく、高須正和のブログサイトです。 さいきんはtwitterばかり。

プレゼンが苦手な人のための、プレゼン手法。
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とにかくすごい。
しかも効果的。

どういうものか、一目でわかる。
ぜひこのサイトをみてほしい。
http://www.rubycolor.org/takahashi/takahashi/img0.html

 —SNS,blog等の、「ネットワークサービス」について考える—

前に、ファーストインプレッションを書いてからしばらく、またmixiとかそのあたりのことを書きます。

 最近、30歳を越えたこともあって、「何で今の仕事をしてるんだろう?」「俺は、自分らしく仕事してるんだろうか?」などなど考えました。

 もともと自分は、「なんとか、”1人1ウェブサイト”な世界になって、あらゆる人がそこで”書きたいこと”を書いていくことで、”コイツってどんなやつなんだ”というのが分かり合える世界になるといいなあ」と思っていました。

 大学を卒業してしばらくフリーターして、ニートである自分に嫌気がさして、しぶしぶ会社員になりました。あんまり本音を言わないサラリーマン、本音でしゃべれる友人たちに会おうにも時間のない生活のなかで、「いつでも」「どこでも」「自分の時間」を用意できるインターネットは、解放区であり大義でした。

 当時も今も自分には「気兼ねなくいいたいことの言える場」というのが絶対に必要で、なんとなく「気兼ねして言いたいことの言えない雰囲気」が戦争だの汚職だのの原因、特に日本の社会を窮屈で息苦しいものにしている源だと考えていました。
 その考えは、あまり今も変わりません。規制や配慮、気遣いは「世界を狭くする力、弱いものを押しつぶす力」だと考えます。

 とはいえ、「公空間としてのネット」がとても気に入った(だから、24歳のときからずっと、本名でサイトをやってます)自分ですが、自分を含めて「公空間との付き合い方」がうまくないのが日本人。「不特定多数が相手のコミュニケーション」となると、ちょっと気が引けてしまいます。

mixiのようなサービスは、そこをうまく考えられています。自分を含めてサイトを作るような人は、なるべく多くの人に見てほしい。でも、できれば趣味が近かったり、内容に興味をもって、しかもホメてくれるような人に見てほしい。
 「逆の考えを持つ人に見てもらって考えを変えてほしい」という考えでサイトを立ち上げる人は、いなくはないのですが小数だと思います。

 「情報の海」と形容されるインターネットですが、おそらく人は情報と同じぐらい、ひょっとするともっと多くの「つながり」をインターネットに求めているように思うのです。

 昔書いたコラムを拾い読みしたら、昔も似たようなことを書いてました。

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1999.8.23 コラム 「掲示板は身内でやろう」
私は、あんまり普通の掲示板に書き込みしないし、討論やってるところには参加しないんですね。

1.その人が対象についてどう思ってるか、を知ってる

2.全員似たようなレベルの知識を持ってる

3.参加者が普段どんな喋りかたをする人か、知ってる

の3つがないと、討議って面白くないと思います。

でも掲示板、私は好きなんですね。身内でやってるやつもROMしてるやつも。身内でやってるやつって、そのまま普段の言動が載ってきますから、まあ飲み会やってるようなもので面白いし、普通の掲示板でのバトルトークも、参加しないでみてる分にはいろいろな意見を聞けて、けっこう参考になります。どこで意見が食い違ってるのか調べたりね。

1999.12.18 コラム 「がんばれ!地域サイト」
インターネットが爆発的に流行りだしたころ、2~3年前には想像もしませんでしたが、インターネットはいろいろなところと広く付き合うというよりも、自分の気に入った範囲に深くつきあうためのツールという側面が強くなりつつあります。

「どこでも」よりも、「いつでも」の方が、インターネットの役割としては大きかったみたいです。これまでは、昼間会社で活動してる限り、夜にやれることは限られてました。深夜だと電話もかけづらいし、インドアスポーツ以外のスポーツもしにくいです。
 ヒマでも日が落ちてからは散歩なんてしませんから、住んでる場所に何があるか、自然とわからなくなります。
 自分の住んでるところの図書館の営業時間とか、どんなイベントがそこであるのかとか、そういうことに疎くなっていきます。

そういう情報を、インターネットで補おうというサイトが、だいぶ増えてきました。

2000.01.05 コラム 「本当に、ありがとうございます」
インターネットにハマり、最初はDTP系の職務も多かった職場から、だんだんとweb専任にシフトしつつあるのも、インターネットが、たとえば会社だの組織だのといったものとは違う、別な「つながり」をつくり育んでくれる可能性を秘めていたし、今も変わらず秘めていると思っているからです。

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 ブログの流行で、HTMLだのFTPだのといった、「テクノロジーとしてのインターネットの障害」は解決されつつあります。まだややこしいところはありますが、昔のワープロ並みにはなりつつあります。

 ブログ自体がtrackbackやコメント機能を備えていますし、最近のdoblogあたりをはじめとして、blog同士をつなげていくネットワークサービスが流行しつつあります。

インターネットは情報でなく、つながりのメディアになりつつあります。かつてのインターネットの「”なんでもあり”ならではの戸惑い」を、繋がりが埋めつつあります。海の向こうではニュースキャスターや政治家といったオールドメディアの人も、ブログを持ったりコミュニティで発言するようになりつつあります。
 オールドメディアも今、ネットなしには編集も製作も成り立たなくなりつつあります。

おそらく、この「つながり」はほかのメディアを多いつくし、ネットがメディアの中心になる時代が、そんなに遠くなく来るでしょう。「自分と誰がつながっている、それはどういう関係だ」ということが、今よりだいぶ視覚化された世界が、もうすぐ来る。関係性さえ近ければ、距離も時間も関係なくなる世界になったとき、人がそれぞれ「俺は何でこの場所にいるんだっけ?」と考えるとき、その「一つ一つのことを考えて、選んでいく」という行為は、世の中の有り様をちょっとずつ変えていくと思います。

アフターゲーム・レッズバーで、元レッズDFの西野のトークを聞く。

「アルパイは今何をしてますか?」とか、
「西野さんから見て今のDFはどうですか?」とか、
「オウンゴールの時の気持ちは?」とか、
面白い質問がいっぱい飛び、チケット代がこれだけで元が取れた感じ。
しかも、お酒も食べ物も美味しい。

すばらしい試みだと思う。

東宝の優待券が入ったのだけど見たい映画がなく、特に予備知識もなく映画館で鑑賞。

なんというか、まことにつまらない映画でした。

第2次世界大戦末期の日本軍を舞台にしたSF風味のアクション映画..なのだろうけど、日本軍の兵士で潜水艦乗りとなっている俳優たちのリアリティがまったくない。
 まず潜水艦乗りなのに喋り捲る。きれいな標準語で。一応カタカナはあまり出ないけど、江戸なまりも会津なまりも出ない、出身地のまったくわからない言葉。私の話す標準語から、カタカナだけ抜き去ったような言葉。

ちなみにホンモノの特攻隊は(それぞれ21歳と19歳)はこのような言葉を書き残していた。

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(略)

 いよいよ待望の秋(とき)が来た。昭和二十年五月十四日薄暮より開始せられる菊水七号作戦中、特攻隊の最先鋒(せんぽう)を征(い)くのだ。男子の本懐これにすぐるものなし。睦重も、優しい敬愛する睦重もおれと一緒に祝福してくれ。おれは幸福だ。世界中ただ一人の最も優しい最愛の妻睦重と、どこまでも征(い)けるのだ。これからの生涯においていかなることがあろうともおれは断じて愛する睦重を守り通さんことを今固く誓っておく。

 暢明を信ずべし。信じうる者は常に強ければなり。

 歌心あれど歌なきをいかにせん。歌わんとするわが心中の歌を察せよ。何かおれに知らせたきことあれば作物に向かい述ぶるべし。睦重、畑におらばおれは作物の中におらん。

 睦重、これで失礼する。先にいくことを悪く思うな。許せ。ではくれぐれも身体に気をつけて一日も早く土になりきるよう、またご両親、祖父母様のお世話をよろしくお願いする。

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「神州不滅、信ずること厚きが故に、祈る心の切なるが故に、淡々たる心境にて征きます。我が父は神の父なり。我が母は神の母なり。降る霜の白髪となるも、清くおはしませ」
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 いいか悪いかは別として、「ローレライ」の劇中で語られる言葉とはまったく別だ。
しかも、艦長の浮上指示「メインタンク・ブロー!」はなんと英語。ドイツの潜水艦という設定だから、外国語なのはいいとしても、敵性語はないでしょ。

 言葉だけではなく、表情にしてもシーンにしても戦記ものの緊張感がまったくない。
ストーリーも、最後のほうのシーンになるにしたがってだいたい等間隔で人が死んでいく。

 日本人はもう、戦争ものを作らないほうがいいのかもしれない。戦争中の人を演じられる日本人はもういないのだと思う。
 あまりにハマるハリウッドの戦争ものを見るたびに、そう思う。それはいいことなんだろうけど。

やや遅れて到着。その後、仕事に戻らなければならないし、次の日から旅行に出発だからあわただしい参加。スーツだし、後ろのほうでゆっくり見ようと思ったのだけど、この日のLiveは素晴らしかった。

セットリストは後に公式サイトに上がるんだろうけど、

「神頼みより安上がり」「松葉杖の男」「最前線ララバイ」「零年エレジー」「無防備な女の子とドタ靴の俺」「アル・ファジュール(夜明け)」「不死身のポンコツ車」「見世物小屋から愛をこめて」「酒と共に去りぬ」といった、アルバムにまだ入っていない新曲ばかりのライブ。それぞれ、何度かライブで聞いたとはいえ、それほどノれるわけでもない。
(ただ、「松葉杖の男」「見世物小屋から愛をこめて」は名曲だと思う。一発でおぼえたし)

とはいえ、今回のライブは良かった。2-3曲目で、「ああここは笑いと 涙の舞台 切な過ぎて笑いながら毒を吐いてる」のアカペラコーラスから入る「風の市」、

ライブハウスを赤く染めた照明の中で、全員がこのジャケットのようなピースサインを
極東戦線異状なし!?
掲げながら始まった「極東戦線異常なし!?」で、「次の曲は、今日一番大声で歌いましょう!」と、掛け声が入った
「この惑星じゃ 今も子供らが 虫けらみたいに 「ママ」 と叫んで死んでゆく
 あの戦争を止めさせろ!」
「あのブッシュ シャロン みたいな類のゴロツキは 
 世界のあまたの唄が首根っこを押さえるぜ!」
のメッセージ、そして最後のほうになっての「雑種天国」…

なんていうか、「ウソのないロックミュージック」をたっぷり聴いた、という感じ。

中川敬本人が「どうせ俺ら、夏のアルバムが出るころには次のアルバムの曲やってるのや」と言ったとおり、ソウルフラワーのライブはたいてい収録前の新曲がメインだ。
 アルバム契約が怪しくなって、昨今みたいにフルアルバムが4-5年も出ないような状況だと、聴いていて厳しい部分もある。
が、そこまで含めて、おそらく反抗せずにはいられないのだと思う。ポーズとしての反抗、問題提起ではなくて、ロックミュージックにのみ許される純粋なエゴと、自我の開放。

「こういう時間がなければ、世の中に飲み込まれるよなあ」と、聴いていてつくづく思った。

長くうねるオンボロの道 ふらついても歩いてる
星空の下 ひとり 泣くだろう  そして 詩が生まれる
    中川敬 「おんぼろの夜明け」

スラッシュドットより。

http://slashdot.jp/article.pl?sid=05/04/02/0251245&topic=105&mode=thread

ニフティcocologの伊藤さんも少し前にはてなに移動したし、何か日本のハック系の総本山になりそうな感じ。
ぜひとも一緒に仕事をさせてもらいたいなあ。

というのは、アヘン戦争のころまでは
「地獄に落ちろ!」という意味だったらしい。

そういった魔都・香港に行ってきました。

http://www.takasumasakazu.net/blog/20050324hongkong/hongkong.html