2004年07月19日
自己紹介2004年7月版@
とりあえず、2004年7月版の自己紹介です。 趣味は登山、旅行、サッカー見に行くこと、音楽DVDの収集..サイト作成も、今は仕事でコードを書くことは本当に少なくなってしまったので、趣味になってしまったかもしれません。 もともとは前のサイト(asahi-net)で毎週コラムを書いていて、最近blogに移行しました。 基本的には「サイトを創る人」で、仕事の中心は企画ですが、企画には調査分析が要るので調査も分析もやりますし、「全部に関われる」のがネット系の仕事の楽しいところだと思っています。どれぐらい人が集まるか計画できなければサーバーの台数決められないし、RSSやblogのシステムがどのぐらい楽しいのかわかるには、自分はやっぱり使ってみたいです。資料だけでわかるほど頭良くないので。 もともとは広告代理店のネット部にいて、さまざまな企業のサイトを創っていましたが、自社のサイトを作るほうがトータルで見れて楽しいです。 もともと「他にやれることがなくて」はじめたインターネットの仕事でしたが、やってみるとこれが楽しい。自分がネットの仕事を始めた1997年は、ネットバブルが膨らみ始める前の時期で..(何しろ、検索エンジンもyahooぐらいしかなかった...ODINとか千里眼とか、まだあるんだろうか?)インターネットも、それで喰えると考える人はあんまりいなかった。 時が経ち、ネットバブルも始まって崩壊して、今はサイト開発はむしろ斜陽産業になりつつある...(なにしろ、「日経ネットビジネス」もなくなっちまった!)けど、運良く自分は何とかネットで喰えています。 社会人、というのは生活を自分の稼ぎで成り立たせること、だと思いますが、生活が始まるといやおうなしに所帯じみてきます。 ネットは、その閉塞感を取り去ってくれる可能性が、少しはあります。もちろん、単なる「可能性」であって、それは共産主義や夢のように弾けることもありうるし、ロックンロールのように商業的に消費されることもありますし、そもそも山形浩生がネットワークのオプション価値で言うように、単なる期待であって、宝くじのようなものかもしれないです。 とはいえ好きな時間に使えて、距離に縛られない、「どこでもドア」的な可能性をインターネットが持っているのは事実で、あとは「どこに出て行くか・行きたいか」なのだけど、たとえばサッカーのチームとサポーターの関わり方なんかに、インターネットは大きな影響を及ぼしていて...考えることと行動することの距離を、インターネットは縮めているように思います。 だからblogでは、「自分がどう考えているか、何やってるか」をつらつらと書いていこうと考えている。codeで構成されるインターネットを形作っているのはなにより意思だと思うので。 たいしたことではないけれど、仕事をしながらこんなことに関わっていられたり、こんなページを創れたり、こんなもの(PDFファイル)を書かせてもらったのは、自分にとっては大切なことで..「何でもやれる、自由な感じ」をなるべくキープしていきたいと考えています。 --機能の縮小されたベータ版でなく、フルバージョンの人生を--
(ですます調にするなど、2004年9月にちょっとアップデートしました。)
が、ひとつのサイトに深くかかわるようになったので、幅がそのぶん狭くなったように思います。業務の一部に企画や調査、技術の人は、自社しか見なくなると腕が鈍る、と思います。
開発会社にいるならともかく、事業会社の人間が仕事で触れる「インターネット」は、あくまでネット全体のごく一部で...自分のサイトを流れるパケットは、ネット全体の1%にも満たないことを、忘れないでいたいと思うし、いろんなサイトを見ていたいですね。
居るのは仕事場、話すのは同僚たちになると、どんどん話題の幅が縮まってきます。学校でもそれはあまり変わらなくて...「受験とナンパとケンカの話」...つまりはお仕事の話、色恋沙汰の話、職場の派閥の話ばっかりになってくる。学生は学生、社会人は社会人で、話題の幅は広くない。それだけではさびしいし、世の中に満ちている何らかの閉塞感は、この狭さから生じているように思います。面白いことは、外から来るのですよ。不特定多数に向かって何かを書くことが私には大事だな、と思ってます。
ここで言われる「オプション価値」は、つまり「オマケの期待」(株式ストックオプション、のオプションだ)であって
「庶民の夢の宝くじ」...おおイヤだ!...けど、今のインターネットがそれに近いといえば、近いのかもしれないです。
2001 Pekka Himanen "The Hacker Ethic"
お久しぶりです。
eメ:HONDA誰だったか、ネットは掃き溜めというような趣旨を述べた人が居たけれど、それなら掃き溜めでもよくて、むしろそこから検索される稀少な事例が多ければ多いほどネットの価値は高まるとおもいます。
既存のメディヤが一般化と抽象化を重ねたものであるのは仕方がないけれど、逆に特殊な事象を(完全ではなくても)網羅する程に拡大していけば、それこそ「全知」という、いい意味での博物学的な存在になれるということです。
だから、「理由なしに」「(思うことを)つらつら」というのは、全くその通りなんだと、改めて気付かされました。・・・そういう自分も、がんばって更新しなければ。
はじめまして、サイト(Blog?)拝見して、共有することが多いかもとコメントしてみます。
eメ:高須@中の人こちらも広告屋でマスキャンペーンなどをこねこねしていた身から今はネット関連専門になりました。
日本は視聴者環境がかなり恵まれているにもかかわらず、ネットメディアが健全に育っていません。その原因はたぶん、広告屋業界と既存メディアとIT産業にあるのだと思います。
Windows以前からマーコム屋としてこの世界見つづけておりますが、本当に頭の痛いこのごろです。
またコメントします、東浦和に飲み屋あるんですね、いつも通るだけなので駅(とコンビニ)しか認知していませんでした。
どうもありがとうございます。今後ともよろしく。
「健全」をどう捉えるかはいろいろあるとは思うのですが、「オープンに意見交換をする場」としてのネットは、まだまだだと思います。
CNETのblog、朝日新聞のRSSなど、ちょっとずつ変わってる部分はあるな、と思うのですが。
N | Rg3) | gbNobN (0)