2004年11月08日
102.変化しつづけるもの@
スポーツ好きの友人とサッカーの話をしていて、また球団運営の話になり、つづいてインターネットの話になった。私のサッカー好きの友人は、ほとんどが野球も好きで両方見ている。 サッカーファン、というかサポーターは熱心だ。ゲートフラッグにせよ横断幕にせよ、それがポジティブであれネガティブであれ、自分の意見を常に言いつづける。 この違いは何から生まれるのか?スポーツそのものの質とは関係ない、と思う。 自分が考えたり動いたりすることに、何か反応があるかないか。何か反応があるものに対して、人はアツくなるし、ないものには閉塞感を感じる。一番面白いのは人間だ。 「こいつに何か言ったら、こいつはこう変わるんじゃないか」 「俺がこれを言ったら、こいつはこう反応するんじゃないか」 その意味でインターネットを見渡すと、流行るサイトは何かしがの変化性を持っている。常々何か変わっている。googleのように、開発者が「禅の世界に通じる」というシンプルさを持ってはいても、新しいサービスが付け加えられたり、アルゴリズムがしょっちゅう変わっていたりする。1年2年単位で、インターネットの使い方は変わっていく。3年前のインターネットは、今のネットとはだいぶ別物だ。 「メディアはメッセージである」 マーシャル・マクルーハン ネットはコミュニケーションを、ご大層なものから簡単なものにしてくれた。「声をあげる」難易度は、リアルよりネットのほうがだいぶ身近だ。小田嶋さんのサイトにあるこの話(必読!)のように、 ネットのコミュニケーションの容易性は、ちょっとずつ社会を変えている。 たぶん、こんなことを書きたくなったのは、何より震災直後から新潟中越地震 被災者救援本部@2chを見ているからだと思う。
スポーツそのものの面白さは、洋食と和食、どちらが好きと話すのと同じで、話題にするのもばかばかしいし、野球はもうオフシーズンに入りつつあるので、プレーそのものの話をするよりも球団運営の話になることが多い。いつも「サッカー界は頑張ってるが野球はダメだ」という結論になる。
ムカついたことがあったら石を投げたりフィールドに乱入したり選手バスに生卵を投げたりするし、リスペクトするなら普段も応援するチームのグッズをつけていたりする。
野球だと、せいぜい携帯の着メロを「六甲おろし」にするぐらいだ。
ちょっと広めに考えて、「物事を、人を巻き込んで発展させるにはどうすればいいか」、野球やサッカーだけじゃなくて、政治にせよ自治体にせよ町おこし村おこしにせよ、「楽しくてアツく暖かい世の中になるには、何が必要なのか」と、ちょっと考えてみる。(たいていどちらも酔っ払ってるので話は広がる)
国民性とも関係ないと思う...けど、外国を見てるとたまにうらやましくなるのは、日本の何が不満なのか。多分それは「閉塞感」なんじゃないか、という話になった。
インターネットだって、結局は人間が相手のもの(blogとかオンラインゲームとか)しか流行らなくなったし、GNU/Linuxのハッカー/オープンソース精神にしても、あれはハッカー仲間どうしの贈与の精神があるから機能していて、結局は人間の産物だ。
お役所的に、何の反応も返ってこないものを相手に、人はアツくなれない。
投票率が下がる一方で、政治に対する関心がどんどん減っていくのも、この閉塞感のせい、別の言葉でいうと「何を言ってもダメさ加減」のせいじゃないだろうか。Jリーグはその意味で、サポーターの声にいろいろ試行錯誤しながら答えつづける、非常に人間味のある集団だ。
コミュニケーションは、お互いがお互いに与える変化の積み重ねだと思う。自分が他人の影響によって変わらなければならないから、コミュニケーションされるのはそれなりにやっかいだ。なんとなく古い「サラリーマン的」な日本社会は、「コミュニケーションをなるべく避けるにはどうするか」で成り立っているように思われる。出る杭は打たれる。
この言葉は、好きなように引用されつくしているけど、彼の本そのものを読んでいる人は人は使った人の100人に1人もいない。自分だって、学生時代に多分何かは読んだけど、マクルーハンのどの本をどう読んだのかはすっかり忘れてしまっている。第3次産業の人は、ハッタリや知ったかぶりが好きだ。
インターネットはまだ、メディアとしてのメッセージ性を持っている。インターネットを使うと言うことは「何かしがのレスポンスを受け付ける」ということだ。サイトを開いていると言うことは、人からのレスポンスを待っていると言うことで、それは郵便ポストを公開しているのと変わらない。
封書の手紙は、差出人が普通の人じゃないケースがけっこうある(電子メールの場合はその限りではない。ほとんどはマトモな読者からのものだ)
封書とメールでは、届く内容がだいぶ違う。
サイトが閉鎖的だと、届く数少ないメールは「それでも一言言いたい」極端なものになる。聞く耳を持たなそうな相手に話すときは、表現が激しくなる。
アメリカがイラクで行っているようなの統治活動だと、抗議はすなわち自爆テロになる。
10年前、プロ野球とJリーグの運営に、たいした差はなかった。今は大差がある。同じことが社会のさまざまなところで出始めている。世の中を嘆かなくても良くなるときが、おそらく来ると自分は思っている。
(自分もこのサイトを見て、ちょっとずつできることを始めました。)
そういえば、また来週の日本代表戦のチケットをとり、見に行く事にしました。高須さんもいかれるんですか?
eメ:高須@中の人残念ながら、シンガポール戦は行けないのですよ。今は代表よりもリーグ戦です。
でも、シンガポール戦は面白い試合になりそうですね。
eメ:kaorisanところで、もしかしてこの本お持ちじゃないですか?
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794213395/ref=cm_mp_wli_/249-3581926-6034757
もし、もってたら貸して〜!
カオリさん
N | Rg3) | gbNobN (0)