2005年04月12日

105.「つながり」としてのインターネットと、ネットが変える社会@

 ---SNS,blog等の、「ネットワークサービス」について考える---

前に、ファーストインプレッションを書いてからしばらく、またmixiとかそのあたりのことを書きます。

 最近、30歳を越えたこともあって、「何で今の仕事をしてるんだろう?」「俺は、自分らしく仕事してるんだろうか?」などなど考えました。

 もともと自分は、「なんとか、"1人1ウェブサイト"な世界になって、あらゆる人がそこで"書きたいこと"を書いていくことで、"コイツってどんなやつなんだ"というのが分かり合える世界になるといいなあ」と思っていました。

 大学を卒業してしばらくフリーターして、ニートである自分に嫌気がさして、しぶしぶ会社員になりました。あんまり本音を言わないサラリーマン、本音でしゃべれる友人たちに会おうにも時間のない生活のなかで、「いつでも」「どこでも」「自分の時間」を用意できるインターネットは、解放区であり大義でした。

 当時も今も自分には「気兼ねなくいいたいことの言える場」というのが絶対に必要で、なんとなく「気兼ねして言いたいことの言えない雰囲気」が戦争だの汚職だのの原因、特に日本の社会を窮屈で息苦しいものにしている源だと考えていました。
 その考えは、あまり今も変わりません。規制や配慮、気遣いは「世界を狭くする力、弱いものを押しつぶす力」だと考えます。

 とはいえ、「公空間としてのネット」がとても気に入った(だから、24歳のときからずっと、本名でサイトをやってます)自分ですが、自分を含めて「公空間との付き合い方」がうまくないのが日本人。「不特定多数が相手のコミュニケーション」となると、ちょっと気が引けてしまいます。

mixiのようなサービスは、そこをうまく考えられています。自分を含めてサイトを作るような人は、なるべく多くの人に見てほしい。でも、できれば趣味が近かったり、内容に興味をもって、しかもホメてくれるような人に見てほしい。
 「逆の考えを持つ人に見てもらって考えを変えてほしい」という考えでサイトを立ち上げる人は、いなくはないのですが小数だと思います。

 「情報の海」と形容されるインターネットですが、おそらく人は情報と同じぐらい、ひょっとするともっと多くの「つながり」をインターネットに求めているように思うのです。

 昔書いたコラムを拾い読みしたら、昔も似たようなことを書いてました。

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1999.8.23 コラム 「掲示板は身内でやろう」
私は、あんまり普通の掲示板に書き込みしないし、討論やってるところには参加しないんですね。

1.その人が対象についてどう思ってるか、を知ってる

2.全員似たようなレベルの知識を持ってる

3.参加者が普段どんな喋りかたをする人か、知ってる

の3つがないと、討議って面白くないと思います。

でも掲示板、私は好きなんですね。身内でやってるやつもROMしてるやつも。身内でやってるやつって、そのまま普段の言動が載ってきますから、まあ飲み会やってるようなもので面白いし、普通の掲示板でのバトルトークも、参加しないでみてる分にはいろいろな意見を聞けて、けっこう参考になります。どこで意見が食い違ってるのか調べたりね。

1999.12.18 コラム 「がんばれ!地域サイト」
インターネットが爆発的に流行りだしたころ、2〜3年前には想像もしませんでしたが、インターネットはいろいろなところと広く付き合うというよりも、自分の気に入った範囲に深くつきあうためのツールという側面が強くなりつつあります。

「どこでも」よりも、「いつでも」の方が、インターネットの役割としては大きかったみたいです。これまでは、昼間会社で活動してる限り、夜にやれることは限られてました。深夜だと電話もかけづらいし、インドアスポーツ以外のスポーツもしにくいです。
 ヒマでも日が落ちてからは散歩なんてしませんから、住んでる場所に何があるか、自然とわからなくなります。
 自分の住んでるところの図書館の営業時間とか、どんなイベントがそこであるのかとか、そういうことに疎くなっていきます。

そういう情報を、インターネットで補おうというサイトが、だいぶ増えてきました。

2000.01.05 コラム 「本当に、ありがとうございます」
インターネットにハマり、最初はDTP系の職務も多かった職場から、だんだんとweb専任にシフトしつつあるのも、インターネットが、たとえば会社だの組織だのといったものとは違う、別な「つながり」をつくり育んでくれる可能性を秘めていたし、今も変わらず秘めていると思っているからです。

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 ブログの流行で、HTMLだのFTPだのといった、「テクノロジーとしてのインターネットの障害」は解決されつつあります。まだややこしいところはありますが、昔のワープロ並みにはなりつつあります。

 ブログ自体がtrackbackやコメント機能を備えていますし、最近のdoblogあたりをはじめとして、blog同士をつなげていくネットワークサービスが流行しつつあります。

インターネットは情報でなく、つながりのメディアになりつつあります。かつてのインターネットの「"なんでもあり"ならではの戸惑い」を、繋がりが埋めつつあります。海の向こうではニュースキャスターや政治家といったオールドメディアの人も、ブログを持ったりコミュニティで発言するようになりつつあります。
 オールドメディアも今、ネットなしには編集も製作も成り立たなくなりつつあります。

おそらく、この「つながり」はほかのメディアを多いつくし、ネットがメディアの中心になる時代が、そんなに遠くなく来るでしょう。「自分と誰がつながっている、それはどういう関係だ」ということが、今よりだいぶ視覚化された世界が、もうすぐ来る。関係性さえ近ければ、距離も時間も関係なくなる世界になったとき、人がそれぞれ「俺は何でこの場所にいるんだっけ?」と考えるとき、その「一つ一つのことを考えて、選んでいく」という行為は、世の中の有り様をちょっとずつ変えていくと思います。

 

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