公式サイト
http://www.theater-n.com/movie_maradona.html
なんで「マラドーナ」という魅力的な題材でここまでつまらない映画が作れるのか。
それは、クストリッツァが全編に渡って出まくり、しかもマラドーナとクストリッツァ母、息子、孫との絡みシーンばかり登場するからだ。
クストリッツァのマラドーナに対するミーハー心と「俺はマラドーナとセレブ友達になれる位にビックになったぜ!」という自慢話を見せ付けられる90分。
マラドーナが現地の番組で「10番の夜」という人気番組をやっているとか、
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/col/20060720/117744/
(マラドーナが自らの意向で、ジダンやペレといった豪華ゲストを呼びまくる人気番組)
そもそもマラドーナが現役時代どのチームに所属したかとか、そういう解説は一切なし。マラドーナの支離滅裂な言葉に対する補足もなし。マラドーナの言葉が、アルゼンチンでどのように受け取られているかという話もなし。
単に、マラドーナが出席した政治デモと、かつてクストリッツァがとった映画のシーンのプレイバック(なんでこの映画に、クストリッツァの過去の映画を出す必要があるのかまったくわからない)、たまにマラドーナがブッシュやサッチャーを馬鹿にする奇妙なアニメが垂れ流されるだけの映画。ところどころで流れるマラドーナのプレーシーンは面白いのだけど、それだったらyoutubeでも見ていたほうがまし。
で、演奏や助監督など、いろいろなシーンにクストリッツァの子供や一族が仕事をしている。
・論理性に欠ける政治的プロパガンダ
・公私混同
・個人崇拝
・身内の登用
と、「そういえばクストリッツァって旧共産圏の人でしたね」と思わせるのに十分な映画だった。 アンダーグラウンドとかは大好きだったんだけどな。
ソウル・フラワー・ユニオン
スリーディーシステム (2009-10-07)
売り上げランキング: 4477
「ハイ・タイド・アンド・ムーンライト・バッシュ」以来10年ぶりのライブアルバム。期待にそぐわぬ傑作。
ソウルフラワーのアルバムは、「スクリューボール・コメディ」を最後に、どうも演奏に勢いがない気がするアルバムが多かった。
「ラブ プラスマイナス ゼロ」以降のアルバム、「シャローム・サラーム」「ロロサエ・モナムール」「カンテ・ディアスポラ」の4枚のアルバムは、それぞれ大好きなんだけど、どうもアルバムをまるまる一枚通して聞く事が少なかった。どうもオーバー・プロデュース気味で、ソウルフラワーの演奏に不可欠な「勢い」「生命」が損なわれていた気がした。ライブで聞くとどれもいい曲なんだけど。一方、大半がライブの「極東戦線異状なし」はすばらしかった。
そこでこのライブアルバムである。あたりまえだが音がシンプルになり、すべてに生命が満ちた演奏。焼きそばを鉄板で焼いてそのまま皿に盛るような勢い。彼らはやはり屋台の音楽家だ。すばらしすぎる。あらゆる楽器、唄が絡み合い、弾け、絡み合っている。
多くの曲でブレイクやたたみ込むような連符が入り、リズムがより強調されている。コーラスも声が減った分それぞれが強調されていて、曲によってはツインボーカルのように聞こえる。スピードアップしているのにジャムが挿入されて演奏時間はむしろ延びている曲も多い。
アルバムよりも嗄れ、まるでトラメガで叫んでいるように聞こえる中川のヴォーカルもすばらしい。特に”うたは自由をめざす!” “極東戦線異状なし”のようなアジテーションソングは最高!
“そら(この空はあの空につながっている) ” “松葉杖の男” もちろん”満月の夕” といったバラードでは、シンプルな楽器、特にピアノが空間を満たしている様が感じられてすばらしい。久々の名盤だ。
1. Intro:レヴェラーズの入場
2. ラヴィエベル ~人生は素晴らしい!
3. 月光ファンファーレ
4. ホライズン・マーチ
5. そら(この空はあの空につながっている)
6. 松葉杖の男
7. うたは自由をめざす!
8. 寝顔を見せて
9. パレスチナ
10. 極東戦線異状なし!?
11. 満月の夕
12. 荒れ地にて
13. 風の市
14. 神頼みより安上がり
15. サヴァイヴァーズ・バンケット
16. 海行かば 山行かば 踊るかばね
17. Outro:愛の総動員
濱野 智史
エヌティティ出版
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なんというか、スゴい本だ。この本は、抽象的なことの説明が上手なネットジャンキーが、日本のインターネットで起こったことを、しっかりと言葉にした(分析した)本だ。
なぜ日本ではmixiが流行し、facebookは流行らないのか。2chやニコニコ動画みたいな日本ローカルのサービスはどこにキモがあるのか。そうした、「ネットが好きなら、誰でも何となくは説明できる(日本人は実名出すのが苦手だとか)」話に、この本はしっかりした考察と言葉を与えてくれる。
人文系からその後IT企業に入った人(僕みたいな)には、すごく懐かしいキーワードが頻出する。ベンヤミンのアウラとか、テンニエスのゲマインシャフトとゲゼルシャフトとか。ただ、簡単なことを外国の社会学者の言葉を用いて小難しく説明する盆百の「ネットで起こったことを分析してみた」本と本書をわけるのは、筆者の濱野さんのネットへの耽溺ぶりと、「インターネットが好きで、あるがままを言葉にする」姿勢だろう。
抽象的で答えのないことを語るとき、いきおい「良い/悪い」と「好き/嫌い」をわけることは難しくなる。また、ネットの世界に深くハマっている人はたいてい何かのプレーヤーであるわけだけど、思い入れや強い指向性のないプレーヤーはいない。たとえば梅田望夫のいくつかの本を思い出せばわかると思う。冷静な観察者で、抽象的なことをきっちりと言葉にできる人で、かつつきあっているといくらでも時間を消費してしまうネットに耽溺できる人は、僕が思ったよりも少ないのだろう。「本書のような本」はいっぱいあるけど、こんなに面白くて、勉強になる本はまずない。
「孤独に耐えられるか、よっぽど自分の趣味の体型を確立した人でなければ、非同期型=オンデマンド型のメディアだけで満足するのは難しくなります。」
みたいな説明はスゴい。
この本で題材にされているコミュニティーは、どれも5年後/10年後、もうなくなっているかもしれない。Niftyserveのことを詳細に分析した本があったとしても、もう読まれない。その意味でこの本が古典になることはないだろう。でも、ここ数年は、ネットでの出来事、新しいコミュニティーやサービスを説明するために、何度も引用される本だと思う。