騒がしい未来

無駄に元気な毎日を送っている、チームラボ所属 高須正和のブログです。最近はtwitterメインで更新中

結局満足できそうなものが見つからず、予算の倍も払ってipod phot 60Gを購入したとたんにこんなエントリが。

このひとたちは……何も変わってないのね – パースペクティブ・アイ [ITmedia オルタナティブ・ブログ]

速やかに「iPod課金」を――音楽関係7団体が強く要望

どうやら、「録音可能な機器・メディアを販売すること」すべてから保証金を取っている団体から、HDDプレーヤが保証金を払っていないことに対するクレームがついたようだ。

どうやら平成15年には、「7343人の実演家に平均5万5693円」が付与されたそうな。自分の知り合いの平安隆さんも永原元さんも凄腕のミュージシャンだけどこんなのもらってないって言ってたぞ。だいたいこの補助金、合計しても4000万円足らずである。
記者会見開いたり「理解促進のためにポスター出す」といっている彼らの給料はいったいいくらなんだと言いたい。

よい音楽の作り手にお金が行くことは大事だ。が、音楽を流通させるしくみはどんどん進化していて、ミュージシャンはそれを肌で感じている。CD以外に、ゲスト出演やったりインストアライブやったり、レコード会社を超えてミュージシャン同士が直接演奏したり協力したりする動きは高まっている。

むしろ音楽業界は、ミュージシャンのサポートをするのでなく、邪魔をしている。
アーティストが直接blogを書いたり、サイトの運営をしたりすることが最近多いが、セットリスト(曲目表)が書いてあることは稀だ。カジュアルに近いライブだと、昔から好きだった曲をカバーすることが多いけど、いちいち演奏許可だの何だのを取っていられないので、演奏してもセットリストを公開できない。

プロのミュージシャンは、フラッとその辺で演奏して、その感想を書く自由がない。仲間のミュージシャンと一緒に写真とって公開する自由もない。

街頭ライブやパブでの演奏をおおっぴらに告知できなかったり、セットリストを公開できなかったり、それは音楽の周辺業界が、音楽の邪魔をしているからだ。

wwwサーバー立てるのにいちいち許可が必要だったり、そもそもapacheのインストールに許可やお金がかかるのであれば、インターネットはこんなに進化しなかった。メーラーもブラウザも無料でよいものがいっぱいあったから、メールもインターネットも普及した。
画像処理が、面白い割りにそれほどやる人が少ないのは、フリーでよいソフトが少ないためでもあると思う。面白いロゴデザインやポップアートが出てこないのは、生み出す環境が不自由だからだ。
もちろんソフトも生産物だから、photoshopみたいな「最上級品」には、お金を払うべきだとは思うけど、登竜門としてフリーで使えるものが少ないのは厳しい。

金額の多寡が問題なのではない。「お金にまつわるいろいろな面倒くささ」が問題なのだ。音楽や娯楽を、不自由なものにしないでくれ。音楽の作り手も受け手も、そんなものは望んでいない。

クリエイティブ・コモンズ・ジャパン
http://www.creativecommons.jp/

コモンスフィア
http://commonsphere.jp/

 私はあまりyahooを好きになったことはない。僕がネットをはじめた99年、yahooはすでにメジャーサイトだった。
 メジャーサイトとしてのyahooがあまり尊敬できない(強者にものを言わせる的な)行動を繰り返していることもあり、天邪鬼、反骨もあり、いつもyahooの代替を探していた。

 googleは、登場したときから好きだった。完全にロボット型というコンセプトはともかく、リンクの構造を元にして、人工知能的に上位・下位を決めるアプローチは独創的で、きわめて民主的で、自分の考える「インターネット的」なものにピッタリ合った。

 googleは独創的なアイデアにより、独走の地位を築いた。それから数年。「3ヶ月1年」のインターネット業界では、果てしなく長い間、googleはgoogleとして代替不能なものだった。

 mixiのコミュニティ「資料になりそうなwebsite」
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=1076545
で、最近の検索エンジンをいくつか見た。

 非常に魅力的なものが多い。なんていうか、すごく衝撃を受けた。
googleの独走は、そろそろ終わるかもしれない。ネットのパワーバランスなんて、2005年の今になっても、簡単に崩れるものかもしれない。
 もちろん、googleもユーザーにとって魅力的な、インターネットを前に進める新機能を追加してくるだろう。
 1999年も2005年も、ネットの進化のスピードは変わらない。

 technorati JAPAN
 http://technorati.jp/
 日本語対応。
 過去12時間の間に最も多く話題になったニュースおよびそれに関連した
 ブログエントリー、
 過去72時間の間に最も多く話題になった本およびそれに関連した
 ブログエントリー

 などが表示できる

 vivisimo
 http://vivisimo.com/
 日本語対応。検索結果データから、ディレクトリを逆引きしてくれる
 エンジン。

exalead
 http://beta.exalead.com/
 日本語は非対応。検索結果からディレクトリを逆引き、プラス
 ・一緒に検索されている言葉(”ノートパソコン”だったら”バッテリ”とか)
 ・発見されたページの国別一覧,絞込み
 ・発見されたページのファイル形式(PDF,テキストファイル,エクセルなど)
 ・発見されたページのサムネール
 ・発見されたページのプレビュー
 ・動画検索/音声検索
 などに対応した強力エンジン。

 それぞれ、ぜひ1度見てみてください。

 —SNS,blog等の、「ネットワークサービス」について考える—

前に、ファーストインプレッションを書いてからしばらく、またmixiとかそのあたりのことを書きます。

 最近、30歳を越えたこともあって、「何で今の仕事をしてるんだろう?」「俺は、自分らしく仕事してるんだろうか?」などなど考えました。

 もともと自分は、「なんとか、”1人1ウェブサイト”な世界になって、あらゆる人がそこで”書きたいこと”を書いていくことで、”コイツってどんなやつなんだ”というのが分かり合える世界になるといいなあ」と思っていました。

 大学を卒業してしばらくフリーターして、ニートである自分に嫌気がさして、しぶしぶ会社員になりました。あんまり本音を言わないサラリーマン、本音でしゃべれる友人たちに会おうにも時間のない生活のなかで、「いつでも」「どこでも」「自分の時間」を用意できるインターネットは、解放区であり大義でした。

 当時も今も自分には「気兼ねなくいいたいことの言える場」というのが絶対に必要で、なんとなく「気兼ねして言いたいことの言えない雰囲気」が戦争だの汚職だのの原因、特に日本の社会を窮屈で息苦しいものにしている源だと考えていました。
 その考えは、あまり今も変わりません。規制や配慮、気遣いは「世界を狭くする力、弱いものを押しつぶす力」だと考えます。

 とはいえ、「公空間としてのネット」がとても気に入った(だから、24歳のときからずっと、本名でサイトをやってます)自分ですが、自分を含めて「公空間との付き合い方」がうまくないのが日本人。「不特定多数が相手のコミュニケーション」となると、ちょっと気が引けてしまいます。

mixiのようなサービスは、そこをうまく考えられています。自分を含めてサイトを作るような人は、なるべく多くの人に見てほしい。でも、できれば趣味が近かったり、内容に興味をもって、しかもホメてくれるような人に見てほしい。
 「逆の考えを持つ人に見てもらって考えを変えてほしい」という考えでサイトを立ち上げる人は、いなくはないのですが小数だと思います。

 「情報の海」と形容されるインターネットですが、おそらく人は情報と同じぐらい、ひょっとするともっと多くの「つながり」をインターネットに求めているように思うのです。

 昔書いたコラムを拾い読みしたら、昔も似たようなことを書いてました。

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1999.8.23 コラム 「掲示板は身内でやろう」
私は、あんまり普通の掲示板に書き込みしないし、討論やってるところには参加しないんですね。

1.その人が対象についてどう思ってるか、を知ってる

2.全員似たようなレベルの知識を持ってる

3.参加者が普段どんな喋りかたをする人か、知ってる

の3つがないと、討議って面白くないと思います。

でも掲示板、私は好きなんですね。身内でやってるやつもROMしてるやつも。身内でやってるやつって、そのまま普段の言動が載ってきますから、まあ飲み会やってるようなもので面白いし、普通の掲示板でのバトルトークも、参加しないでみてる分にはいろいろな意見を聞けて、けっこう参考になります。どこで意見が食い違ってるのか調べたりね。

1999.12.18 コラム 「がんばれ!地域サイト」
インターネットが爆発的に流行りだしたころ、2~3年前には想像もしませんでしたが、インターネットはいろいろなところと広く付き合うというよりも、自分の気に入った範囲に深くつきあうためのツールという側面が強くなりつつあります。

「どこでも」よりも、「いつでも」の方が、インターネットの役割としては大きかったみたいです。これまでは、昼間会社で活動してる限り、夜にやれることは限られてました。深夜だと電話もかけづらいし、インドアスポーツ以外のスポーツもしにくいです。
 ヒマでも日が落ちてからは散歩なんてしませんから、住んでる場所に何があるか、自然とわからなくなります。
 自分の住んでるところの図書館の営業時間とか、どんなイベントがそこであるのかとか、そういうことに疎くなっていきます。

そういう情報を、インターネットで補おうというサイトが、だいぶ増えてきました。

2000.01.05 コラム 「本当に、ありがとうございます」
インターネットにハマり、最初はDTP系の職務も多かった職場から、だんだんとweb専任にシフトしつつあるのも、インターネットが、たとえば会社だの組織だのといったものとは違う、別な「つながり」をつくり育んでくれる可能性を秘めていたし、今も変わらず秘めていると思っているからです。

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 ブログの流行で、HTMLだのFTPだのといった、「テクノロジーとしてのインターネットの障害」は解決されつつあります。まだややこしいところはありますが、昔のワープロ並みにはなりつつあります。

 ブログ自体がtrackbackやコメント機能を備えていますし、最近のdoblogあたりをはじめとして、blog同士をつなげていくネットワークサービスが流行しつつあります。

インターネットは情報でなく、つながりのメディアになりつつあります。かつてのインターネットの「”なんでもあり”ならではの戸惑い」を、繋がりが埋めつつあります。海の向こうではニュースキャスターや政治家といったオールドメディアの人も、ブログを持ったりコミュニティで発言するようになりつつあります。
 オールドメディアも今、ネットなしには編集も製作も成り立たなくなりつつあります。

おそらく、この「つながり」はほかのメディアを多いつくし、ネットがメディアの中心になる時代が、そんなに遠くなく来るでしょう。「自分と誰がつながっている、それはどういう関係だ」ということが、今よりだいぶ視覚化された世界が、もうすぐ来る。関係性さえ近ければ、距離も時間も関係なくなる世界になったとき、人がそれぞれ「俺は何でこの場所にいるんだっけ?」と考えるとき、その「一つ一つのことを考えて、選んでいく」という行為は、世の中の有り様をちょっとずつ変えていくと思います。

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