騒がしい未来

サッカーやインターネット、旅行、日々のお仕事など、普段思ったことををつらつらと書いていく、高須正和のブログサイトです。 さいきんはtwitterばかり。

今朝は金曜の大礼拝なので、直にダライ・ラマを見ました。(もちろん、チベット僧と敬虔な信者でいっぱいで、自分が見れたのは、退席するときのほんのちょっとだけでしたが…)写真で見る通りの穏やかな笑顔、お経を唱える低くて落ち着いた声、なんというか、まるで後光が射すようでした。

 今公邸まえのネットカフェにいるのですが、ネットカフェの右の席では、チベット僧が、中国語でほかのチベット僧とyahooビデオチャットをしています。
街はさまざまなFree Tibetのポスター、チベット国旗でいっぱいです。日本人はほとんどいませんが、町にいる多くの外国人は、たいていフリーチベットTシャツを着ています。抗議のハンガーストライキをしている人もいます。

インドは良くも悪くも混沌としていて、絶え間なく声がかかる物乞い、強引に腕を取る客引き、交渉してナンボの買い物、などなどエネルギーの塊がうねっています。ここダラムシャラでも物乞いはいるものの、静かで道も清潔です。心なしか牛も静かに歩いているように思えます。買い物も、エコロジーのために新聞紙で包み、チベット人が経営する店はどこも値引きもふっかけもしていないようです。各国から来た仏教徒が、穏やかに買い物(オレンジ色の僧衣とか、数珠とか)をしています。この街はまるで、インドではないみたいです。

 夕刻には毎日、町中のチベット人(と、チベットをリスペクトする外国人旅行者)が灯明を持って抗議の行進をし、日没の中お祈りをするのですが、行列は追い越しもなく整然としていて、お経の声は力に満ちていますが、静かです。その中で外国人が混ざり、礼拝の中何人もがフラッシュ焚いて写真とっても何も言わず、お経もまったく乱れないあたりに、懐の深さを感じました。前を争うことなく、エネルギーをそれほど外に出すことなく、”暴動”という言葉がすごく似つかわしくない人々だな、と思います。

彼らが静かに、幸せに暮らせることを祈ります。

休暇で、インドのダラムシャーラーに来ています。
ここはインド北部のヒマーチャル・プラデーシュ州、「ヒマラヤの見える場所」という名前の州。

今はダライラマの亡命政府がある「マクロード・ガンジ」という場所にいるのですが、ここから遠くにヒマラヤが望めます。

Googlemap ダラムシャラー
マクロードガンジはここから10キロほど北にあります。

さらに近くにヒマラヤが見れるトレッキングポイントがあると、近所の登山事務所で聞いて、ムチャクチャ行きたくなりました。

「1日で往復するのはかなりタフだよ」とのこと。
マクロードガンジは標高1800メートル、ヒマラヤのビューポイント「トリウンド」は2840メートル、道は1本だが、街からは9キロ(往復18キロ)とのこと。
だいたい、赤岳への日帰りぐらいの距離・高低差だと思います。

旅の疲れか、腹具合もそれほどよくないのですが、どうしてもヒマラヤが見たく、朝5時に目覚ましをセットして出発しました。

マクロードガンジや登山道、途中の山小屋の風景は、驚くほど日本のそれらに似ています。とはいえ日差しはムチャクチャ強烈で、乾燥していて汗がまったく出ないわりに気がつくと脱水気味になってしまいます。
道もひたすらの馬鹿登り。
日本の山では「山は9時までが勝負」というぐらい、昼になると天候が崩れてしまうのですが、ここはインドの乾季。結局トリウンドについたのは10時だったのですが、それほど雲もなく、目の前にヒマラヤを見ることができました。

山が大きい!空気が澄んでいる!何かの猛禽類(鷹かトンビが飛んでいる)が飛ぶなか、眼前に広がるヒマラヤにただ感動でした。
夏なのに、まるで冬山のように全面に雪が….高峰の連なりが、すべて雪の衣をまとっています。まるで、春の日本アルプスのように。
しばらくボーっと見た後、ひたすらシャッターを押しまくりました。

ますます激しくなる日差しの中の下りはさらにキツく、帰って街のマッサージ師のところにかけこんで、やっと普通に歩けるようになったのですが…

このブログはマクロードガンジのネットカフェで書いています。
先ほど、金曜の朝の礼拝で、ちょっとだけダライラマを見ました。

帰ったら、ヒマラヤの写真をアップします。

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今日明日で伊豆に社員旅行。
旅行のしおりは、なんとTシャツです!
旅行の幹事は新入社員組が勤めたのですが、
こういうアイデアがでてきました!

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バス2台で移動する大所帯。
ついたら、月1回のプロジェクト報告会行います。
猪子社長のプレゼン。夜の宴会に向けたゲームの仕込みも行われました。

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夜は日本企業らしく宴会。

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この後は、阿鼻叫喚の巷になってしまったので載せられません…

img106 - コピー

 旅行中はパソコンを持ち歩いていて、夜中に目が覚めたときや時間が空いたときなど、よくメモをしていました。
 ・お金をあまり使わない
 ・時間が空いたら文章を書く
の2つを、まるで学生のころのように続けていました。
機材の進化にびっくりしました。デジカメは10倍のズームが聞くし、パソコンは背負い続けていてもまったく重くありません。旅行中の荷物は5キロ足らずで、リュック一つで普通に町を歩けました。

 その旅ごとに書いているので文体や雰囲気がばらばらだし、誤字脱字もいつもにもまして多いですが、こういうものをきれいにしようとすると、結局面倒くさくなってアップしなくなってしまいます。
 ざっとまとめて、順々にアップします。数字なんかは後で入れるものもあるでしょう。
また、写真もアップしました。

初日 東京→台北

2日目 台北→花蓮

3日目 花蓮→ラフティング→台東

4日目 台東→高雄(前半)

 高雄の前半を追加。高雄と台南・台北は長いので、前後半になると思います。
写真のキャプションもつけたいです。その前に飽きそうな気もしますが。

 飛行機トラブルで、台北を離れるのが2時間遅れ。
空港のネットカフェから書き込み中。

 でも、空港から都内までのバスを手配してくれたり、食事を用意したりと、
チャイナエアはがんばってサービスしてくれてます。

今回の旅行は、いろいろな人に手助けしていただき、非常に楽しいものになりました。
台湾、よいところです。

2005年8月27日→9月2日 台湾旅行
8月30日 台東→高雄 旅行4日目 写真

 (高雄は見るところが多い町だったので、前後半になります)

 朝6時ぐらいに起きだして出発。昨日のラフティングに続き早起き。高雄までは3時間と少しの列車の旅になる。
バスターミナルから15分ぐらいで駅へ。駅の周りは新しい建物の建設が目立つが、何もないようにも見える。
 列車まで少し時間があるので、朝食がわりの豆乳を買う。同じ朝飯屋で焼き餃子を売ってるのを見る。そういえば台湾についてからまだ、餃子を食べてない。ついでに買ったら、なんと紙袋に入れてタレをかけてくれた。

 花蓮に向かったときに続き、再び自強号に乗る。今度の列車はあまり高速鉄道という感じではないが、中は新幹線のように豪華。3時間半ほどで高雄につく。
 早く町に出たくて、駅の近所でとりあえず最初に目に付いた安宿に飛び込んだが、これが大失敗。部屋が狭いしあまりきれいではないし。いい歳こいてバックバッカー気取りもほどほどにしないと、旅行がつまらないものになってしまう。

 高雄は旅行が始まってから初めて、「きちんと見る大都市」になる。日本が作った建築物が多く残されているということ、貿易都市で港町だということで、ずっと見たかった町だった。観光客向けの大きな夜市も見れるし。(昨晩、台東でフルーツマーケットは見てきたが)

 部屋にはあまり長いこといたくなかったので、すぐ外出。食堂(自助餐)で朝食がてらのブランチを取る。これがムチャクチャ美味。旅行も3日目になって、ゆっくり食堂を選んだり、味わったりする余裕が出てきた。自助餐だけど。詳しくは下の「今日の食事」をご覧ください。

 市内に出る。大都市だけあって、台北よりマシだが花蓮より暑い。ビルの谷間をウロつくが、早々にギブアップして喫茶店に駆け込んで、しばらくのんびり。日陰に入り扇風機をつけると、外でもそれほどつらくない。
 台湾の人はウーロン茶に平気で砂糖を入れて飲む。中国本土の人も同じ。でも、暑い南国にはなぜかそれがハマる気がする。飲み物の量がたいていどれもやたら多い。デカい氷がガチャガチャ入っている。写真を見ていただけるとわかるが、500CCぐらいある砂糖入りアイスウーロン茶が出てきた。
 とはいえ、ウーロン茶はどこで飲んでも美味しい。ティーバッグの低級茶でも美味しく、平均点が異常に高い感じがする。美味しいウーロン茶は熱して飲んだとき、紅茶にも緑茶にもない清々しい後味が残ると思っているが、台湾のウーロン茶は低級茶でもそれが残る。不思議と缶入り・ペットボトルでその味がするものは、日本にも台湾にもない。ぜひともウーロン茶は急須で入れて飲んでほしい。

 別に入った喫茶店(屋台だけど)で出てきたのはウーロン茶を冷やして砂糖とミルクで割った、ウーロン茶のラテ。これがびっくりするほど美味しく、日本に帰ったら試してみようと考えた。

 暑くてたまらないので、観光を屋内中心に変更しようと思い、高雄市立博物館を目指す。
途中で茶芸館を見つけて入る。「茶芸館」というのは、台湾式の茶道でお茶が飲めるお店(とは限らず、要は長時間滞在できる喫茶店です)で、お茶好きとしては1回入ってみたかった。
 ところが、全面スモークの落ち着いた佇まいの自動ドアを開けたら、いるのはオバチャンばかり。
「こっちに来い」と案内されて、ドアを開けられたらそこはトイレだった。どうやら汚らしいカッコをしていたせいか、「単にトイレを借りに来た旅行者」と思われたっぽい。
 「いや、トイレが借りたいわけじゃなくて、お茶が飲みたいんだが…」と筆談。
「ホントかよ?」という目(万国共通だ)をされたうえ、シブシブと二階の客室に案内される。

 二階のお茶ルームは全部が個室。奥の部屋に案内されると、下から何かケバいネーチャンが上がってきた。で、部屋の前でいったん電気をつけてから照明を落とした。
 ちょっと待て。ここは茶芸館じゃなかったのか?何を売ってる店だ?ムチャクチャ不安になってきたので、あわてて店を逃げだす。外に出てから店の概観を見てみると、なんとなく雰囲気が怪しい。
 スモークガラスで中が見えないのが怪しいし、確かにどこの茶芸館も深夜までやってるので入り口に書いてある「18歳未満立ち入り禁止」がやけに大きく書いてあるのも怪しい。戻るまでに他の茶芸館にも入ったが、客室が個室なのはここだけだった。今でも何なのかわからないまま。ひょっとすると単なる勘違いかもしれない。

今日の食事
 朝食 台東駅横の朝食屋
    豆乳と餃子 20元ぐらい
    餃子は冷めていたので微妙だが、カリカリに焼けていて日本より皮が多く、おかずというより主食という感じ。タレはしょうゆと片栗粉のような漢字か。紙袋に包まれているところもあわせるとコンビニ肉まんのような感じ。なるほどスナックである。

 ブランチ 10:30ごろに正式な朝食。高雄市内の自助餐 80元ぐらい。
 エビ・中華ソーセージ・ワンタン・ナスの炒め・ブロッコリーの炒め
 これは美味。エビも中華ハムも炒め物も、めちゃめちゃ美味しい。食べ終わるのがおしいほど美味しい。味がそれほど濃くないし、ブロッコリーなんか青々としたまま火が通っていて、すばらしい。
 アワか何かが入ったお粥も美味しい。モヤシとダシのスープは、単に水分補給という感じで味があまりついていない。
 ここの自助餐はほかにも美味しそうなものが並んでいて、もう一度来たいと思わせた。

 夕食 午後5時ごろ 高雄市内の食堂
 全部で300元弱
 台湾に来てからまだウェイトレスが注文をとりに着たり、メニューがあるようなところで食事をしていない。屋台・自助餐・食堂のみである。
 普通のクラスのレストランを見つけて入る。
 メニューを見てびっくり、何が書いてあるかよくわからん。ガイドブックの料理の類は、写真が一緒になっていたから無意識にわかった気になっていたのだろう。
 爆とか炒とか書いてあるのだが、字がいかにも大げさで、どういうご馳走が来るのかと期待を抱かせる。
 とりあえず押さえとして麻婆豆腐を頼んで、あとは適当なスープ(湯)となんかのギョーザ(餃子)を注文。
 来てみたら麻婆豆腐・茸のスープ・蒸し物(シューマイともギョーザとも言いがたい)だった。

 味はちょっと微妙。麻婆豆腐もスープも美味しいのだが、なんていうか普通の味。日本の中華料理屋で美味しいところで食べたのと、あまり変わらないかもしれない。写真で見るとわかるとおり、見掛けも普通だし。
 メニューが読めて、もう少しトリッキーなものを食べられるとまた違ったのかもしれない。

 夜食 高雄の夜市
●焼き鳥のようなもの たしか40元ぐらいだった気が。
  うまい。70%ぐらい焼いた状態でキープしてあって、買うと完全に焼いてから渡してくれるので、焼きたて。タレは焼肉のタレをもっとエスニックにした感じ。
  買うとシナモンと山椒を混ぜたようなスパイス・唐辛子の粉などを大量にかけてくれるが、それがまた美味。

●アヒルそば
 アヒル料理(鴨だったかも)の屋台があったので、アヒルビーフンを注文。ヤキソバみたいなものの上に、焼いた鴨が置いてあるものを想像したのだが、汁麺。
 写真で見るとおり、麺がビーフンになっただけでほぼ鴨南蛮である。ネギ入ってるし。味も鴨南蛮に近い。すごくダシの味が強い醤油ラーメンという感じ。うまい。

●デザート 仙草ゼリー
 自分はこれがどんぶりで食うほど好き。というとたいていの人に「ゲエッ!」といわれ、目の前でトカゲでも食ってるかのような目つきをされる。
 味はのど飴で、別にうまいものでもまずいものでもないと思うのだが…

29日 花蓮→台東 旅行3日目
モーニングコールをもらったが、携帯の目覚ましでその前に起きていた。駅前の旅館なので、周りに朝飯屋が多い。豆乳とお粥の朝食を食べて出発。ホテルに迎えが来る。
ワゴン車に8人ほど乗り込む。ほかのみんなは中国人のグループで、大学生ぐらいの年齢。3組のカップルで6人と、1人男が余っている。グループ内で小声で話しているので、自分はしゃべりかけようと思わなかった。寝不足なのでひたすら寝る。
標高がだいぶ上がっているのを感じるなか、1時間半ぐらいで嘉義に到着。一目で顔の違う、原住民ぽい人が着替えや靴、軍手などを売りにくる。
ちょっと不安だが、携帯やパスポート・財布含め、濡れては困るものをすべてワゴン車に置いていく。昨日の花蓮の街で、これに備えて防水のインスタントカメラを買っておいた。

ヘルメットとライフジャケットを受け取り、ラフティングセンターのようなところの外で、ライフセーバーの人の話を聞く。人気らしく、50人以上の客がいるが、全員が中国人。この手のエンターテイメントが大好きで、どこにいってもいるアメリカ人もいない。もうちょい少人数でやや細かく教えてくれるか、英語や日本語での説明が少しはあると思っていたので少し焦る。こいつは困った。
 ライフセーバーの人の話は面白いらしく、一区切りごとに周りがドッと笑うが、自分は何を言っているのかサッパリわからない。大学のころ探検部でラフトの講習は受けたが、もう10年前の話で実戦ははじめてである。
 まあライフジャケットとヘルメットをつけているし、100人も観光客がラフトをしている状況で、危険があるとは考えにくい。周りの観光客もまったく気合が感じられず、「コイツらは沈んでも俺は沈まないだろう」と根拠のない自信が浮かんでくる。説明まともに聞いていない人も多いし、もって来た防水バックにタバコ詰めてる奴はいるし。
 人為的な危険(治安が悪いとか)、自然の危険などを問わず、危険な場所・時間などは、何か雰囲気があると思う。その危険な気が、ここではまったくしない。用具も全部レンタルだし、保険にも入っているし、ジェットコースターやバンジージャンプと同じ、純粋なエンターテイメントのようだ。事故さえなければ。
 説明は30分ほども続いている。不安定なときのボートへの重心のかけかたなど、大事なところは動きが大きいから理解できる。

結局、同じ車に乗っていた人とパーティを組み、8人でボートに乗り込む。残念ながら自分を含めて誰も英語がまともに話せない。
乗り出してみてしばらく、船の数の多さと全員のスキルのなさで、危険がないことを確信する。
 川は広いが、川底は起伏が多そうで瀬は多く、何艘かがいきなり転覆した。周りはすべて岩。ちょっと気を抜いて、受身を取りそこなうとケガをしそうだ。 綺麗な川だが、水は大理石の粉で濁って真っ白だ。台湾の気候の中を流れてくるので、あまり冷たくはない。
 周囲の風景は最高。大理石だけで作られた、ウーロン茶の宣伝になるような台湾の山々、真っ白く流れる川の中を船で進んでいく。空はペンキで塗りつぶしたように青く、これもペンキで塗ったように白い入道雲がくっきりと浮かんでいる。自分もオールを握る手がしばしば止まる。ラフティングの価値はむしろこっちにあるのだろう。日本の山とはだいぶ違う。
 けたたましい音でライフセーバーのモーター船が走り回り、転覆した人を助けに行ったり、進みの遅い舟が視界から消えそうになると、押して前に進めたりしている。
 自分たちのラフトもあまり進みが速くない。オールは腰を起点にして、上体全体を使って漕ぐものだが、腕どころか手首から先しか使っていない漕ぎ方をしているメンバーが半分ぐらいだ。掛け声もかけないから、前にまっすぐ進まない。
 調子のよさそうな何艘かでは、「1,2,3,4」や「加油,加油」(チャイヨー!と発音。ガンバレの意)という掛け声が飛んでいる。自分たちの船はどうもうまく進まない。とはいえラフティングなので、「安定していて早い流れ」に乗ればうまく進む。連携ができているほかの船も、流れが読めるわけではないので結局は団子状態になる。結局ずぶぬれになりながら、一度も沈(日本のカヌーの用語で転覆のこと。チンと発音。)せずにすんだ。
 瀬が多く、ロデオのように船はジャンプしながら進む。飛んで着水するたびに水が大量に入り込んでくるので、手桶でかきだす。
 途中休憩・昼食を挟んで、4時間ぐらいはラフティングをしていただろうか。太平洋が見えてきて、河口に着いて終了。

 河口でシャワーを浴び、荷物を返してもらう。ここで自分だけ嘉義の駅に戻してもらうことを、花蓮から運んできてくれたワゴン車の運転手に話をすると、
「嘉義ではなくて、台東行きのバス停に送ってやる。すぐそこだし、台東にもそのほうが近い」と言われる。
 ここでバスを使うと鉄道の周遊券が無駄になってしまうが、台湾のバス代は安いし、花蓮・台東のバス線は「海線」と呼ばれる海岸線をずっと走る雰囲気のよい道で、バスには乗ってみたかった。周遊券のことをきっちり話す語学力に自信がなかったし、バスにも乗りたかったのでバス停へ運んでもらう。
 田舎道の中にぽっかりとプレハブ小屋があって、そこがバス停。台東までは255元(900円ぐらい)。1時間に1本ぐらいあるようだ。ほどなく出発。なぜかばあさんばっかり4人ぐらい乗っている。
 ラフティングの余波でまだ疲れていて、よく眠った。外は爆発するような陽光と海岸線。
 3時間弱で台東に到着。すでに6時過ぎだが、まだだいぶ明るい。台湾は日本より1時間ぐらい日照が長い。台東の町もにぎやかなのはバスターミナル(昔の駅跡がある)で、今の鉄道が到着する新駅周辺は、最近建築ラッシュらしいがまだ賑わっていない。

 バスターミナル周辺には通過するだけの旅行者のために、ビジネスホテルや安宿街が必ずある。明日には高雄に向かうつもりなので、そのまま安宿街の1画にある旅館に泊まる。ここのおばあさんは流暢な日本語を話す。バスターミナルに一度戻って、明日の鉄道とバスの時刻を確認する。
 台東は小さい町で、繁華街の端から端まで歩き回っても15分ぐらい。夕暮れ時の町を歩き回る。台東はフルーツが美味しい。スタンドでフルーツジュースを買い、自助餐で夕食。
 自助餐は前々からガイドブックで目をつけていた食堂で、入り口におかずが入った大皿や鍋が並んでいる。好きなものを取って、最後に秤で重さを測るか、適当に量を目分量で測って会計。ご飯やスープは無料でつくところが多い。台湾中に数多くあったが、まだ3日目なので入れずにいた。初めてここで入ったが、どうやら閉める前らしくてあまりおかずがない。野菜類を中心に食事。台北に比べるとはっきりと味が濃く、ローカルな感じがする。
 食後は台東のフルーツ夜市へ。200メートルぐらいずっと、フルーツを満載にした露天が並んでいる。ここで名産の釈迦頭の屋台が目に留まる。いいにおいがするのだが、食べ方がまったくわからない。身振り手振りで屋台のオバちゃんに「割ればそのまま食えるのか?」と聞いたら、目の前で手で割ってくれた。見た感じ非常にやわらかそうで、手でつかんだだけで割れそうだ。屋台の脇にひとつ椅子が転がっていたので、「そこで食べてっていいか?」と聞いたら、笑いながらゴミ箱を用意してくれて、よく熟してやや黒くなっているものをひとつ渡してくれた。1つ10元。日本では生のものは売ってなく、台北で買うとなぜか10倍ぐらいの値段がする。
 アケビのようにネットリとしている食感、砂糖の塊のように甘い。まるで食物繊維の多いクリームの中に種が埋まっているようだ。甘すぎてびっくりするが、おいしい。ひとかけらごとに割れる果肉を、「好吃(ハオチー,美味しいの意味),好吃」と言いながら食べ続ける。種の周りはクリームのような感触、皮の周りはザラザラしていて砂糖がそのまま入っているようだ。英語ではシュガーアップルとかカスタードアップルというらしいが、納得の味である。それにしても甘い。けっこう実は大きく、ひとつで400グラムぐらいはするだろうか。10分ぐらいでひとつ食べ終わって、正直満腹したが、珍しい味でなかなかもう一度は食べられないので、夜食にしようと思ってもう一つ買って帰る。

 5-6時間ぐらい台東の町を散策して、旅館に戻る。旅館の入り口でオバサンがずっと井戸端会議をしている。台湾の安宿はいつもこうで、結構それが好きになった。旅館主のおばあさんが、自分が釈迦頭を持っているのを見て
「釈迦頭を買ったのか!これは台北にも高雄にも(それぞれたいほく・たかおと発音。戦争中にはこう言ったのだろう)ないよ。ここ台東だけだ。私も畑で作っているので、一つ冷えたのがあるから、あげよう。おいしいだろう?でも、部屋で食べるときに、必ず食べかすを袋に包んで下ろさなければいけないよ。これはとてもとても甘い、アリが来る。」と一つくれた。
 前に旅行したハワイでも日本語をしゃべる2世のおばあさんと話をしたが、とてもきれいな昔の日本語だ。会話に英単語がほとんど混ざらない。しばらく話す。
 「釈迦頭が生えているところが見たい?ここにはないんだ。畑にある。」と聞き、残念ながら釈迦頭の木は見れなかった。
 これで釈迦頭が2つになってしまった。部屋で夜食。二つはさすがに、だいぶおなかにこたえる。台湾に来てから明らかに食べすぎである。

 台東はそれにしてものんびりした町で、とても好きになった。

今日の食事
 朝食 花蓮駅近所の食堂
    豆乳1椀と粥 60元ぐらい。
    粥は美味しいが、香港よりは劣る印象。こちらでは油条というパンを入れないみたい。
    まあ、駅近所の食堂ですから。
    豆乳は美味しく、台湾から帰るまでハマってしまった。

 昼食 ラフティング中
    弁当 ラフティング代込み。 筍のスープ 30元
 花蓮・台東間は米の名産地で、冷えても美味しいという呼び込みの池上弁当が名物らしい。
 美味しかったと思うのだが、運動中に森の中の休憩所で食べたので、何を食べてもうまかったと思う。
 体が冷えていたので筍のスープを一椀買う。これが美味しい。やたらと入っている筍が香ばしくシャキシャキしているのに、
塩コショウと出汁(たぶんダシというより化学調味料)だけのスープが薄味で、筍のエグみがあんまり出ていない。
 手がかかってない料理だが、台湾の料理レベルが基本的に高いのだろう。

 夕食 街中の自助餐。
    揚げ物を一つ、トンポーロを一つとって、後は野菜類。卵とニンジンの炒め物が美味。全体的に台北よりは味が濃いが、日本の肉野菜炒めよりは文句なく薄味。揚げ物にはシナモンとこしょうを混ぜたようなスパイスをかけられた。トンポーロと揚げ物は「中華風」の典型のような味。

 夜食 釈迦頭を3つ。
アケビのようにネットリとしている食感、砂糖の塊のように甘い。まるで食物繊維の多いクリームの中に種が埋まっているようだ。甘すぎてびっくりするが、おいしい。ひとかけらごとに割れる果肉を、「好吃(ハオチー,美味しいの意味),好吃」と言いながら食べ続ける。種の周りはクリームのような感触、皮の周りはザラザラしていて砂糖がそのまま入っているようだ。英語ではシュガーアップルとかカスタードアップルというらしいが、納得の味である。それにしても甘い。けっこう実は大きく、ひとつで400グラムぐらいはするだろうか。

 今日は全体的に、あまりグルメではなく。

2005年8月27日→9月2日 台湾旅行
29日 花蓮→台東 旅行3日目  写真

20050828 台北→花蓮

2005年8月27日→9月2日 台湾旅行
28日 台北→花蓮 旅行2日目   写真

 健康ランドの朝は早いが、少し寝坊した。8時に起床。今日から列車での旅が始まる。
まず泊まった健康ランドのそばにある、国父(孫文)記念館を訪ねる。朝から日差しは強烈で、太陽の当たる腕がチリチリするほどだ。

 午前中に、今日の目的地・花蓮まで移動することにする。
 台北駅の地下街で朝食をとり、地上に上がって花蓮までの特急(自強号)切符を買う。台湾の列車は速いものほど値段が高く、社内もきれいだ。自強号→呂強号(「呂」は、本当は草カンムリのついた字だが、コンピュータにない書体なので)→ →各駅。どこかで特急以外の列車にも乗ろうと思う。
 切符の買い方については、最初なのでだいぶまごついた。台北駅は大ターミナルなので列車も多く、台湾を時計回りに回る北回り線と反時計回りに回る南回り線で、売り場が違う。当日の切符と、それ以外の予約でまた売り場が違う。
 コミュニケーションは筆談で通じるし、一回わかってしまえばその後は困らない。

 ボランティアの日本語スタッフがいて、親切に教えてくれる。日本語を学んでいる大学生らしい。駅のサービスや旅行そのものに詳しいわけではないので、完璧な通訳を望むのは難しいが、とにかく日本語で通じるのは助かる。順番待ちで何人もが並んでいたので、あまりたくさん質問はできなかったが、最初に売り場の場所が聞けたのは助かった。

 台北一周の周遊券(1700NT$=6000円ぐらい)を買う。どの鉄道でも7回までは載れるチケットで、7つの記入欄が集まって切符になっている。日本の青春18切符にシステムが似ているが、こちらは特急でも何でも乗れる。だいたい面積の同じ九州一周の特急券と考えると非常に安い。ただし、台湾は鉄道がもともと安く、単に1週するだけなら普通に切符を買ってもほとんど変わらない。山岳鉄道に乗ったり、どこかへ往復したりしないと周遊券のメリットが生かせないのでは。途中でバスなどを使うとむしろマイナスなる。自分の場合も、後述するようにハプニング続きの旅だったので、結局は無駄になった。

 買った周遊券で、一番早く発車する特急の予約をする。ホームの場所を聞いたりしているうちに、発車が近づいてきた。プラットホームに上がるとすでに列車がいる。いろいろ見渡す余裕もなく乗車。

台湾の鉄道は、びっくりするぐらい日本と似ている。列車を見ると韓国製のようだったが、大きさといい車内の設備・雰囲気といい、そっくりだ。いすの大きさ、前後の感覚、自動ドアの質感、足台の位置など含めて、新幹線にとてもよく似ている。新幹線の指定席ぐらいの乗りごこちだ。窓は新幹線とは比較できないほど大きく、乗っていて気持ちいい。
 台北を出て1時間もすると、空の色がまったく違うものに変わってくる。都会の空から、南の島の夏の空になる。澄んでいるが深くはなく、まるで半透明の青のスプレーで塗りつぶしたような、発光するような夏空だ。空が澄んでいくにつれて、心がだんだん華やいでくる。やっと休暇の気持ちになってきた。
うれしくなって車内で弁当を買う。弁当は統治時代に日本が持ち込んだ言葉で、台湾では日常語になってそのまま使われている。発音もそのまま。日本語では「お弁当」としか言わないので、車内販売の若い女店員がが「弁当弁当」といっているのを聞くとちょっと違和感がある。

花蓮は人口XX万人ぐらいの東部の観光都市。規模としてはXXぐらい。

 3時間ほどで花蓮に到着。台北から南東、台北を12時だとしたら、2時ぐらいの位置にある観光都市だ。ここで、今日のうちにラフティングの予約を取ろうとする。ガイドブックに書いてあった旅行社に電話をしたら、日本語も英語もまったく通じず、仕方なく駅からちょっと離れようと歩き出す。
 歩き出した最初のブロックで、ラフティング(台湾語で浮舟)のポスターを掲げている建物が見つかる。ホテルのように見えるが、「旅館」や「飯店」でなく、「東林套房」という看板が出ている。受付で話をしたところ、無事ラフティングの予約が取れ、部屋もここで押さえられた。広い部屋が800元、狭い部屋が600元。だが、狭い部屋でも6畳以上ある。
どうせ寝るだけなので狭い部屋にした。簡素だが清潔で、お湯も出る。

 そのままタクシーで市の中心部へ。花蓮や台東など、台湾南部の街は、駅の周りにはなにもなく、そこから数キロ離れたバスターミナルや旧駅跡のまわりがにぎわっている。台湾の東側はあまり開発されておらず、電化されたのもここ10年ぐらいと聞く。おそらく、電化した時に鉄道の路線が変わったのだろう。
タクシーの運転手に話がうまく通じず、何か海のそばに下ろされる。走ってきた道を地図で見ると、おそらくほぼ中心部だと思われるが、前にはレンタサイクルの事務所以外何もない。
中心部はやや広いと思われるので、レンタサイクルを借りて夜まで走り回ることにする。

 まず、海沿いをしばらく走る。沖縄より皿に南の田舎なので、海はさぞ綺麗だろうと思ったらそうでもない。なんとなく砂が大量に入っているようで、濁っている。ビーチで泳ぐ人も少ないが、そういえば台湾は島国なのに、離島以外の場所でマリンスポーツの話を聞かない。水着もそれほど売ってない。この海だとあまり面白くないのと、日差しがきつくてそれほど泳げないからだろう。沖縄でも、ダイビングショップをやっていたり、ダイビングを趣味にしているのはほとんどが本土からの人だと聞く。

 しかし日差しは強烈だ。旅行を通じて思ったのだが、台湾の人は、お金のあるなしにかかわらず歩かない。性別や年齢にかかわらず、タクシー(物価の割りに安い。初乗りが80元、300円ぐらい。15分ぐらい乗って200元,700円ぐらい)やスクーターで移動しているようだ。特にスクーターの普及率は高く、どこに行っても大量にスクーターが留まっている。歩いているのは旅行者か詰襟・セーラー服の学生ぐらい。これは沖縄でもそうだし、マレーシアでも層だった。南国の人は夏場は歩かないのかもしれない。生活時間帯がやたらと宵っ張りなのもちょっと沖縄に似ている。比較的早く閉まる一流デパートの類でも10時ぐらい、たいていのレストランは11時ぐらいまで

 アジア名物の檳榔を試す。覚醒作用のある檳榔樹の身を石灰と葉で包んだもので、典型的なブルーカラーの趣味。噛んでいて最初は汚い血の色の汁が出て口の中が真っ赤になるが、つばを吐き出つつしばらくすると、タバコみたいな風味になってくる。地面が露骨に汚れるので、オシャレな場所では確実に禁止、若い人もやらないことが多い。タバコよりだいぶんキツく、コメカミのあたりがピリピリして、軽くふらついた。体がカッと熱くなって、多少は暑さが和らぐ。

 中心部で寺にお参りしたり、名物の大理石(市内の舗装も一部大理石が使われている)のショップを覗いたり、スーパーや電気屋を眺めたりしていると、やけににぎやかなチンドンの音がする。側によっていくとなにやら寺院で、人がいっぱいいる。幔幕が張り巡らされ、机にいっぱいのご馳走とお香がたかれているのを見て、結婚式かお葬式にも思える。しばらく眺めていて、どんどん人が増える様子を見て、自分も人の輪に入っていって、筆談で聞いてみる。旧暦での7月15日、中元のお祭りらしい。

とにかくたくさんのご馳走だが、ラップが張ってあって誰も手をつけず、お香が大量に焚かれている。何かの儀式が終わるまでは食べてはならず、虫除けと儀式の意味でお香を焚くのだろう。豚も何匹もつぶされていて、氷の上で捧げられている。
機械仕掛けの人形劇、祈るのか何かをしている神主、撒かれるクッキー、燃やされるお札。1時間と少し眺めていたが、言葉がわからないので離れる。
 街を流していると、ガイドブックにも載っていた、有名な排骨麺の店が見つかり、まだ午後6時ぐらいだが夕食。台湾は南の国なので、太陽がなかなか暮れない。
 食事中に隣の人が話しかけてくる。少し日本語ができるらしい。「排骨麺の豚が花蓮の名産だ」というようなことを聞いた。
ガイドブックに載っていたといっても、30人も入ればいっぱいになってしまう、小さな店だ。台湾のガイドブックは、300ページあったら200ページは台北、50ページが旅行にまつわるコラムなどで、地方都市は1都市でせいぜいが10ページほど。花蓮などは3ページぐらいになってしまう。実際の規模も台北が極端に多いせいもあるし、地方都市にそれほど旅行社向けのエンターテイメントが少ないせいもある。ガイドブックに小さい店が載っているのもそのせいなのだろう。台北以外の街の情報は、インターネットにもあまり見つからない。
 旅行した限りだと、非常にオススメなのだが。
 花蓮はかなり長閑な田舎町で、いると自分の気分までのんびりしてくる。大声を出す人もいないし、言い争いなども見ない。道を聞いたり質問すると、みな親切に教えてくれる。
所によっては、言葉がわからないときも、

日が暮れだして、レンタサイクルを返す。タクシーで、郊外にある「阿見族文化村」という場所を目指す。
台湾の東部は原住民の比率が高い。中国本土から渡ってきた人は、いわゆる中国人顔をしてい るが、原住民は八重山の顔立ち、ポリネシア系の顔立ちをしている。混血は進んでいても、人によっては見ればすぐわかる顔の人も多い。阿見族文化村では原住民の踊りが見れるらしい。「文化村」とあるから、展示などもあるのだろう…とったが、現地へついてびっくり。入り口に入場券を打っているところがあり、中に何軒かの土産物屋があるほかには、ダンスのホールだけで何もない。土産物屋も一目で見渡せる広さで、売っているものも子供だましのチープなものが多くて見る気がしない。自分をのぞいて観光客も誰もいない。500ぐらいある客席に自分ひとり。花蓮名産の大理石でできた立派な舞台を、ポリネシア系の顔立ちのおばあさんが黙々と箒で掃いている。

 ダンスは7時半からで、自分は1時間も前についてしまったので、ボーっと時間をつぶす。台北ではまったくなかった風がここでは吹いていて気持ちがいいが、日が暮れても蒸し暑い。曇りだったので星が見えなかったが、晴れていれば南十字星が見れたと思う。
 ダンスのスタート時間が近づくと、車が何台か泊まって客が集まってくる。花蓮に何軒かあるホテルから、車で運ばれてくるようだ。今日の観客は30人ぐらいだったろうか。日本人が2人づれの老夫婦、欧米系が2グループ、あとは中国・韓国系の人だった。ここまで来る日本人旅客はあまりいないのだろう。
 台湾やタイのような、日本人がたくさん行く国でも、メインの観光コースを外れると日本人の姿はだいぶ減る。僻地で見る日本人はビジネスマンか筋金入りのバックパッカーが多く、観光地でやや金のかかる(とはいえ、日本円で1000円ぐらいの)ところに行くと、まったく日本人がいなくなることもある。アジアではよっぽどの都市部でないと、団体ツアー以外の日本人にはあまり会わない。
 なぜか欧米人の旅行客はどこに行ってもいる。単独や、少ない団体で。台湾は英語があまり通じない国で、漢字のわからない欧米人はハンディ多いはずだと思うのだけど、あの旅行の段取りの上手さはどうやって生まれるのだろう。

 7時半になり、踊りが始まる。文化村のショボさに、踊りも大して期待していなかったが、これは面白かった。日本の観光地で見られるという(実際に見たことはないが)ポリネシアンダンス。
 竹をガチャガチャさせる上を飛び越えるバンブーダンスのように「いかにも観光客向け」のものもあれば、脱穀の歌・籾殻を飛ばすときの歌・精米の歌など、実際の生活が伺えるものも多かった。ダンスホールは空調が利いているが、アクションの激しい踊りが多く、汗をかいての熱演。自分も飛び入りで踊りに参加して終幕。トータルで1時間半ぐらいだったろうか?
 一つ一つの踊りがダイジェストされていて、2-3分で説明が入り、次の踊りに行ってしまうのが、非常に残念。もっと長い時間見たかった。労働歌や祭りの歌は、一つが一時間以上続くものも珍しくない。長い時間効いていると抑揚がついていたり、掛け合いになっていたりするものもある。カミカゼ・ツアー向けに最適化している様子が伺え、残念。
 終盤の観客が参加してのダンスは、係員がポラロイドで撮影している。自分の前にカメラが来たときには、何か不穏だったので断った。案の定、あとでパッケージされた写真を売りつけられていた。中国語でなにか言われていたのかもしれない。

ダンスが終わってみると、市内から数キロ離れ、周りに何もない。ややオーバーに動き回っていたら、グループ客のタクシー運転手が声をかけてきた。ホテルまでついでに送ってくれて、100元。タクシーよりだいぶ安いので、世話になることにする。彼は前に千葉にいたとかで、だいぶしっかりした日本語を話す。
 このあたりの名勝タロコ峡谷ツアーの案内と、「この辺は田舎だから何もないけど、台北よりはのんびりしているよ」という話を聞いた。自分がラフティングに行く話しを聞いていて、「それよりは峡谷を見たほうがよいのに」と非常に残念がっていた。このあたりはセールストークなのだろうが、次の日ラフティングの後、南の台東へ向かうという話を聞くと、「ラフティングの場所は花蓮と台東の中間ぐらいの嘉義というところなので、頼めば嘉義の列車の駅まで送ってくれるだろう。話をして見てください」と丁寧に教えてくれた。

宿で、ラフティング後の行動について交渉。旅行会話の中国語は、漢字が使えるのでだいぶ楽だ。中国語、特に台湾の言葉は発音が難しいが、台湾の人は日本人の怪しい発音に慣れていて、ゆっくりしゃべればたいてい通じる。
「明天我倒台東」(ミンティエン ウォダォ タイトゥン 私は明日台東に行きます)と伝えて、手持ちのノートに「不帰 花蓮 OK?」と書く。「我要 火車站 嘉義」と続けて書くと、どうやら話が通じたようだ。

交渉を終えると10時を回っている。おなかがすいたので周りで夜食を食べてから就寝。明日は6時起床でラフティングだ。

今日の食事
 朝食 台北駅地下街
    スーラーメンとワンタン  120元ぐらい。
    駅のスタンドなので、あまりおいしくない。台北の薄味にびっくり。
    スーラーメンは汁なしの麺で、ラー油と酢で味付けしてある。ザーサイと細切りキュウリが入っていて、冷やし中華のようなもの。

 昼食 車内
    弁当 60元
 ご飯が下に敷いてあり、量は少ない。ほか弁の一番小さいものぐらい。全体で厚さ3cmほど、縦横20cm-25cmほど。
 おかずはゆで卵・中華豆腐(日本の豆腐を3倍ぐらいに濃縮したようなもの。味が濃くて硬い)中国ハム・トンポーローのような肉・野菜炒め。

 夕食 XX排骨麺店(有名らしい)
    排骨麺 ご飯 60元ぐらい
 排骨麺が非常に美味。量は少ないけど。
(台湾では何品も頼むのが普通らしい)
 豚肉に下味をつけて揚げた物だが、下味がしっかりついていて、スープの味とまったく違うのがわかる。揚げ方がにんにく揚げなのはわかるが、下味が何でつけたのか見当もつかない。シナモンは大量に入っていて、八角も入っていそう。ほかに、香ばしくさせるような何かが入っている。豚肉の、肉自体にこんなにしっかり味がついているものは初めて食べた。

 夜食 夕食が午後6時ごろと早かったので、ホテルの近所の店でビールとチャーハンを食べる。
    チャーハン40元。 ビールは忘れたが、60元ぐらいだったと思う。
    お茶碗いっぱいぐらいのご飯とネギ・ニンニク・卵しか入っていないが、美味。
とはいえやはり中華料理、胃にもたれそうな気がしたので、以降夜食は慎むか、果物などにする。
 旅行で気が大きくなっているせいか、夜にものを食べ過ぎの予感。

20050827_0902 台湾旅行記

2005年8月27日→9月2日 台湾旅行
8月27日 東京→台北 旅行初日 写真

同じ写真 flicer!

旅行記を書くのは久しぶりだ。今なんで書いているかというと、場所が台北で朝の4時、夜明けまでまったくやることがないからである。
台風に遭遇し、臨時臨時で移動を繰り返していたら、こうなった。

学生のころはよく、友人たちと旅行記を書いていた。高校のころは研修旅行のようなものが多かったし、文章好き・考えるのが好きな何人かで、定期的に小論文を書きあうサークルをするほど、ものを書くのは好きだった。ある者は椎名誠、ある者は本多勝一、はたまた沢木耕太郎や大倉にでもなったつもりで、仲間内でしか面白くない旅行記を書いていたものだ。
大学でも登山部だったので、部誌のために登山記を書いていた。昔の登山サークルは理屈っぽいところがおおく、自分はその残光を浴びていた最後の世代だったかもしれない。

暇ができたので、4-5年ぶりに旅行記を書いてみる。

 ※アップ時間は旅行当日深夜に合せてあります。少しずつ追加していく予定です。

2005年8月27日 旅行初日 日本→台北
唐突に夏休みが取れることになり、なんとなく海外へ行こうと思っていた。寸前まで沖縄・八重山に行こうか迷っていたが、チケットが比較的安く、行きたい国だった台湾に行くことへ。

旅行前の自分は、数ヶ月ほど心のどこかがおかしかった。仕事が忙しかったせい、三十路を過ぎると友人がみな忙しくなって、あまり話をしていなかったせい、などなどで、ちょっと舞い上がったまま数ヶ月をすごしていた。なんていうか、毎日が現実味なく過ぎていくような感じ。まるで名前を与えられていないエキストラのような毎日を過ごしていた。血液がプラスティックになっていくような感じ。

 八重山に行ってひたすらのんびりするより、あまり経験しないような珍しいこと・厄介ごと、要は刺激が欲しくなって、台湾へ。
 結局十分すぎるほどのハプニングに見舞われることになった。

チャイナエアラインで、午後5時ごろに台北着。あまりよい評判を聞かないチャイナエアラインだが、「エコノミーにしてもこれはどうよ?」と思われる席の狭さ(特に前後の間隔)以外は、特に問題なし。

出発寸前まで忙しく、飛行機の中で旅程を決めた。なんとなく田舎に行きたかった(まだだ沖縄に行く予定だった考えが残っている)のと、おそらく都会の台北は東京と同じようなものだろうと決め付けて、ローカルな色合いが残っていそうな東部・南部を中心に、台湾を時計回りに一周する計画を立てる。目的無き単独行なので、街にもう1日いたければ追加泊・通常なら次の街へ、と1日ごとに移動する計画になったが、とりあえず東部の観光拠点・花蓮に向かうことに決める。ガイドブックに載っていたラフティングに惹かれた。

 乗った飛行機は台湾経由香港行き。つまり台湾と中国の間の直行便なわけで、中の悪い国同士を飛ぶ飛行機というのは、なんと言うかシュールだ。北海道と北方領土の間の便みたいに。

台北 中正空港で両替。前に行った香港以上の文明国で、両替上のレートはどこでも同じらしく、台北空港で両替。バスで市外へ。

学生のころ貧乏旅行ばかりしていたせいか、今でもついつい、宿を安いほうから取ったり、移動にタクシーを使えなかったりする。毛嫌いしているわけではないけど、自分ひとりのために運転してもらうというのが、どうも慣れなくて居心地が悪い。今回も、まるでバックパッカーのような旅行になった。

市内へ出たものの、まったく勝手がわからない。東京で感じた現実味のなさがまだ続いていて、思考がどうもリアリティに欠ける。しかも台北は暑く、空気が動かず、旅行に来た実感があまりわかない。さっさと今晩の宿でも確保すればよいところをなぜかTAIPEI101という世界最高のビルに登ることに。

展望エレベーターを待っているところに、仕事でお付き合いさせていただいているチームラボ猪子氏から電話。ありがたいことに、現地にいるチームラボのスタッフ広渡氏に、夕食を案内いただけることに。台北に戻ってくるのは最終日だが、会うのが楽しみだ。

TAIPEI101の頂上から見て、台北が盆地ということがわかった。風の抜けないわけ、空気の悪いわけもわかった。明朝早々に、台北を出ることに決めた。
しかし高さ500メートルを超える101、本当に高い!ビルからの眺めが、まるで航空写真のように見える。

展望ビルを降りたらPM11時を回っていた。24時間営業の健康ランドを見つけ、次の日早朝に発つのでちょうどいい。そのまま寝る。

台北の健康ランドは、打たせ湯が強烈で、まともに食らうとアザが出るほどだった。横向き・ナナメ向きのものもあり、まるで機動隊の放水を思わせる。

なぜか風呂内で話しかけてくる、ヤクザのような人(全身にすごい傷があった)がいて、「ヤンキースのターロワン(多分、台湾人選手)に似ている」と言われた。

健康ランドは非常に清潔で、ミストサウナや冷たい水風呂と常温の水部風呂などの風呂関係や、仮眠室のベッドが大きいなど、設備も整っていた。ラクーアのようなところを除いて、たいていの日本のランドよりよいのではないだろうか。

初日の食べ物
 機内食
  →いちおう中華料理なのが面白かったが、まあエコノミーの機内食ですから。

夕食 TAIPEI101地下街フードコート
  →ゴーヤのスープ、ジャージャー麺、テンプラ(台湾語のテンプラは、日本のさつま揚げ)
   セットもので110元ぐらい。
   台湾料理の第一印象は、びっくりするほどの薄味。
   台湾はしばらく健康ブームで、基本的に薄味なんだとか。首都のオシャレなデパートの食堂なので、余計に健康化しているのだろう。スープの味はほとんどトリガラの出汁で、それに大量のかつお節が入っている。和食といっても十分通じる味だ。
 ジャージャー麺も、こちらの麺は日本のラーメンと違ってカン水が入っていないので、肉そぼろと小麦の麺という感じ。こちらは八角か何かでいかにも中華な味付けがしてあるが、薄め。
 テンプラのみ、やや濃厚なソース(エビチリのソースに似ている)がかかっていた。
南国らしく、野菜の味が濃い。ワケギが香ばしくておいしい。

 デザート 台北101地下街フードコート 
総合豆花 60元ぐらい
 特にデザート系は、漢字の意味がよくわからず、日本にもある豆花の「総合豆花」というものを注文。味のついてない豆腐のような豆花に、小豆と白いレンズ豆のようなものが入った豆尽くしの物がどんぶりに一杯出てきた。これで味付けが変わればチリビーンズである。味は悪くないが、皿に山盛りは飽きる。量も多い。残すと悪いので、必死になって食べる。

 お盆、ほかの人が休んでるのを横目で見つつ仕事をしていて、今休暇。
 ひさしぶりの休暇です。台湾に向かいます。
 行ったことが無い国なので、楽しみ。

 日本と国境が無い国。でも、日本に一番近いかもしれない国。選挙前でいろいろ考えることの
多い今、リフレッシュがてらいつもと違うことを考えてきます。

 今は成田空港のYAHOOカフェ。
格安航空券のチャイナエア、となりの日本航空が満席で長蛇の列の中で、まったく客がいないのに
「これは安いはずだ」と納得。

 機内サービス、食事含めロクな評判を聞かないのだけど、一人なので、かえって楽しみ。

 5月の連休で訪れた、沖縄旅行の写真をアップしました。

http://takasumasakazu.net/blog/200505okinawa_album/
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というのは、アヘン戦争のころまでは
「地獄に落ちろ!」という意味だったらしい。

そういった魔都・香港に行ってきました。

http://www.takasumasakazu.net/blog/20050324hongkong/hongkong.html

ただいま旅行中。

香港は町が小さいので、1日何度もホテルに戻ってきている。
今も一休みしながらダイヤルアップ中。

ちなみに宿泊中のホテル。

(うーむ、接続50Kで画像上げるのなんて久しぶりだけど、1分もかかるとは…)

空港からホテルまではバスを使った。この2階建てバスが旅情とスリル満点。
運良く2階の一番前に座れたので、前は運転席も何もなし、全部窓。
 頭上すれすれを香港名物の看板が通り過ぎていく。
(うーむ、いい写真だと思ったがやはりピンボケしていたか…)

とはいえ、駅を降りると人の服装が違う。いきなり「オタクの街」という感じ。

 1万円を超えるものの値段は変わらない(場合によっては秋葉のほうが安い)
けど、秋葉で3000円ぐらいのものが半額で売っている。

で、なぜ香港まで来ていきなり電気街に来てるかというと、到着してすぐにこの街のメルチメディアっぷりにびっくりしたから。

地下鉄どこでも携帯通じるし、キャリア・端末とも日本より豊富だし、SUICAのような「オクトパス・カード(八達通)」がどんな交通手段でも使える。
 生活にITが溶け込んでいる、いないだけで考えると、日本よりも先進国のように思える。
電車の進路盤、駅のアナウンス、その他いろいろなところが電子化されていて、「ほしい情報」がすぐに手に入る。

多分、街が小さくて人が多い分、新しいものを入れ込むのがとても早いのだろう。古いホテル、昔ながらの商店を残しながら、電子化が進む街。

「ブレードランナー」の街をテーマパークで作ったような、人工的さと歴史をともに感じる。
人工的でありながら、計算されたところがあまり感じられない街。

今週末、ちょっと香港に行って来ます。

ひょんなことから週末に4日ほど休めることになり、ふとマイルを見たら溜まっていたので海外に行こうと思いました。
 本当は日本代表の応援でイランに行こうと思ったのですがマイルが足らず、タイと台湾は飛行機がいっぱい、シンガポールも行きはよくても帰りの飛行機がなく、なぜか香港に行くことになりました。

単独で動くときは、「スピード感とエネルギッシュ」が趣味の自分、泊まるのも
「どうせ香港ならちょっと怪しげなところへ」と考えました。

国際電話とe-mailで予約を取ったのはここ。

安宿が多いので有名な重慶大厦(チョンチン・マンション)
http://www.ne.jp/asahi/travel/ogawa/hkg6/hkg6-06.html
http://www.ne.jp/asahi/travel/ogawa/hkg6/hkg6-07.html

うーん怪しい。が、自分の考える「香港らしさ」満載です。

行ってきます。