東と西
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クリス・パッテン
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1997年にイギリス統治下から中国に返還された香港。僕のいるシンガポールとは、もと英国植民地であり英国の影響が大きいこと、ともに経済的に大成功した都市国家であること、華人系であることなどからつなげて語られることが多い。
僕は香港について、普通の旅行者としての感想しか持っていなかった。街としての素晴らしさ、中国の雑踏とエネルギー、カンフー映画、美食…。国と国との関係が、あるていど俯瞰して見えるようになったのは、シンガポールに移住してからになる。清朝末期を描いた浅田次郎の蒼穹の昴{.markup–anchor
.markup–p-anchor}なんかは、もともと大好きだったのだけど、見え方がまったく変わってきた。
シンガポールに住み始めてしばらくして、「ここは凄い国だ」と思いはじめてから読み始めたのは、いくつかのリー・クアンユーの本だ。つい最近の2012年に出版された「世界を語る」、1990年代半ばに書かれた「未来への提言」、そして1990年代に書かれた「シンガポール・ストーリー」。

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グラハム・アリソン ロバート・D・ブラックウィル アリ・ウィン
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リー クアンユー
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Amazon.co.jpで詳細を見る このうちKindle版があるのは「世界を語る」だけで、残りは紙版しかなくてしかも中古しかなく、昨年のリークアンユー死去で品薄になって価格が上がっているのは残念だ。日本の人が書いたシンガポール本は、どれも「シンガポールにかこつけて自分の言いたいことを言っている」色が強すぎて、まだあまり良い本を見つけられてない。
リーの本はどれも面白いけど、特に回顧録の下巻は最高で、本当に何もない、建物がなくて路上で人が暮らしていたシンガポールを、世界に名だたる都市国家にするためのプロセスが細かに描かれている凄い本だ。
ここでのリーは、失敗もいっぱいするけど決してへこたれず迷わず、不測の事態に様々な手を打っていく。彼は自分だけで物事が成功しないことを知っているから、人間の創造性を活かすためにも様々な手を打つ。人のクリエイティビティを上げようとする。でもおそらくリーは、他人が自分ほど頑張れないことも肌で感じていたのだろう。
「限られたリソースをうまく配分して一点突破し、成果を分配する」のがシンガポールの基本戦略で、シンガポールの国営企業は多く成功を収めている。失敗例ももちろんあるけど、シンガポール航空・Singtel・テマセクホールディングスなどと挙げていくだけで、たいていの国はうらやましく思うだろう。どこの国も、国営事業は利益獲得の点では全部失敗していて、しかも「失敗すらしてないことになっていて赤字を垂れ流している」状態でブレーキにしかなってないことも多い。シンガポールのいくつかの会社は利益を上げていて、失敗した会社はつぶれ、全体としては国の成長エンジンになっている。そのためにリーは優秀な人を集め、自由にアイデアを出させ、時には自分に反対するアイデアでも採用し、まるで会社を成功させるように国を運営させて、スパっと引退して相談役と本を書くのに専念するようになった。彼に上司はいない。仲間も相談相手も自分で集めるしかなかった。
パッテンが置かれた状況は違う。当時の香港はすでにとても成功した都市国家だった。イギリスの香港統治にはひどいこともあった-たとえば、当時は義務教育がなかった-けど、アジアではきわめて珍しい腐敗していない金融市場を作るなど、しっかりと運営していた。東京の市場は今も「外人にどう説明していいかわからない、“悪い人が捕まらない"出来事」を生んだりしている。中国もそうだ。でも、香港は違ったのだ。
パッテンは1997年に香港を去ることが決まっていて、中国に返還される前に、香港に大急ぎで「近代国家の市民」、選挙を主体的に実行し、自由と民主主義を保ち、自分で自分を助ける人々を作り、制度をつくる必要に迫られた。彼にはイギリスに上司がいて、北京にも遠慮する必要がある。リーと違ってゲームの席に着いたときの財産も多かったけど、手持ちのカードには限りがあってゲーム時間も決められていた。
また、リーは何も信じず、自分たちのトライアンドエラーを通じて、どこにもない見事なシンガポールを建国したけど、パッテンは議会制民主主義が社会をよくすることを信じていた。目的が先に来る頭でっかちではなくて、イギリスの選良らしい経験知に裏付けられたものだ。「多くの場合、市場は政府よりよほど柔軟かつ公正に富を分配する」など、確信を持って政府の役割を小さくしようとするパッテンの姿勢は、まさに新自由主義でもあるものの、中国の国家社会主義と比べたときに素晴らしい輝きを放つ。国家による統制をパッテンはなるべく少なくしようとし、経済的な自由を確保しようとする。それが思想信条の自由などあらゆる自由と不可分につながっていて、経済的な成功のためにもリベラルの重要性を語る。それは政府の不手際を批判しながらより多くを政府に頼ろうとする自称リベラルの言葉より遥かに重い。
パッテンは自らの知恵を成り立たせた先人の試行錯誤や知恵にきちんと立とうとし、いつも自分の行動を迷いつづける。その問いは職務を全うしようとする選良の美しい姿でもある。
リーは自分の置かれた状況を「特殊」だとし、海外で成功した方法を当てはめようとしない。また、長いものには素直にまかれむしろ状況を利用しようとし、たとえば中国については「クラッシュされると困るから、多少国内で弾圧があろうが共産党政権が安定した方がいい。彼らもバカじゃないから、そのうち問題に対処するだろう」みたいなスタンスで見つめているし、どこの国に対しても「それぞれの国の事情」を考える。
パッテンは「世界で駄目なモノは中国でも英国でも駄目だ。何かあると"オマエは中国を理解していない"という北京の連中や接待付けのチャイナハンド共の言うことはまちがっている」と、自由と民主主義の価値を信じつづける。
それでありながら、どちらも優れた現実主義者で、市場経済や市民の価値を信じている。言ってることに共通性がなくても、「同じ状況でやること」はかなり共通するような気がする。
僕はリーの本はよく読み返す。どれもヘビー級の本で、一回読んだぐらいだとなかなかアタマに入ってこない。中国や香港での経験がもっとついたときに、「東と西」(これも500ページ近いヘビー級の本だ)も読み返す気がする。
By TAKASU Masakazu/高須正和{.p-author .h-card} on April 22, 2021.
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