2017/02/08 08:00
2017/02/08 08:00
ヴィガンアシュラムはインドの農村にイノベーションをもたらすための研究所だ。ムンバイから150kmほど内陸に位置する半砂漠の村が、数億人の生活をアップデートするための研究活動を行っている。60人ほどがコミューンとして共に生き、作物や家畜を育てながら、新しいプロジェクトをいくつも生み出している。「一緒に生きて食べ、踊らないと学んだことにはならない」と研究所のDr.Yogeshは語る。ヴィガンアシュラムについてレポートする。

ランチョーのモデル、発明家が生まれる村
「きっと、うまくいく」というインド映画の名作がある。工科大学に通う3人のインドの若者がエンジニアとして成長していく過程を描いた映画で、2010年にインドのアカデミー賞を16部門で受賞している。
映画「きっと、うまくいく」トレーラー。泣き/笑い/踊りが詰まった、インド映画史上に輝く名作。
このようなテクニカルでコミカルなシーンが2時間半に渡って続く映画で、多くの発明品が登場する。主人公のランチョーが発明したアイデアのいくつかは、この村でVigyan Ashram{.markup–anchor .markup–p-anchor}(以下ヴィガンアシュラム)のアソシエイトを長年つとめるJahangir painter氏の発明だ。写真のこれは廃バイクを使ったミル。映画ではラストシーン直前で登場した。他にも手回し式のファンなど、多くの発明品が彼のアイデアから生まれている。

ムンバイから3時間半バスに乗ってコミューンを訪れた僕達を、村人のドラミングが出迎えた。
村人のドラミング。60人余りがここで共同生活している。
生きることがそのまま発明のアイデアになっているような、エキサイティングなコミューンの様子をレポートする。
村全体がコミューンであり実験室
Dr.Yogesh kulkarni(以下Dr.Yogesh)がマスターを務めるヴィガンアシュラムはムンバイから150kmほど離れた、プネー郊外のパバルという場所にあり、常時60人ほどが生活しているほか、前述のJahangir氏のように外部から協力しに来るメンターも多い。家畜を飼い、作物を育てる普通のインドの村に見えるが、122のインドの学校がここで作られた教育プログラムを採用していて、多くの発明品が生み出されている。教育プログラムや発明品を開発し、学校などからファンディングする研究所であり、村全体が実験室だ。

ヴィガンアシュラムのある場所は、「普通のインド内陸部の村」だ。暑すぎるわけでも寒すぎるわけでもないが、サボテンが生えるほど水が少なく、気候は半砂漠といっていい。多少の低木はあり、かんがいして畑をしている人々はいるが、トウモロコシのような作物が中心で、高価な作物は作れない。ヴィガンアシュラムはイノベーションでそれを解決しようとしている。
たとえば地面を覆って水が蒸発しないグリーンハウス(温室)にするだけで、多く水が必要な高く売れる作物を作ることができる。プランターや水耕栽培といった形で乾いた地面と作物を分ければ、さらに水を節約して、トマトのような高く売れる野菜を作ることができる。
内陸部に住む多くのインド農民はまだグリーンハウスを導入できていない。僕はムンバイからここまでの150kmをバスで移動したが、作るにも運用するにもコストのかかる温室はムンバイ近郊で花を育てる人たちなどに限られる。花はムンバイのような大都市で高く売れるからだ。
内陸部の農家でも賄えるような素材や予算にあった温室を作れれば、大きなビジネスチャンスになる。インドの気候や素材、予算にあったグリーンハウスをまず作る必要がある。鉄棒を同じ長さに切って三角形を作ることで小さいグリーンハウスドームが作れる。小さく安いことは簡単にテストができることを意味して大事だ。


メンテナンスフリーなグリーンハウスを作ることで、この農法をより魅力的にする仕組みも行っている。

これは空気中の気温と湿度、土壌の水分保有を計測して、地面に水をまいたりベンチレーターを動かして温度をコントロールするなど、音質を自動制御するマシンだ。右側の四角い箱が最初のプロトタイプで、左側はディスプレイでグラフィカルに情報が分かるように進めたもの。これを4つ作り、使いながら改良している。
まだArduinoベースで1つ8000ルピー程度(日本円で約1万3500円)かかるものだが、半額程度で数百個売る段階を目指し開発を進めている。4000ルピー程度(日本円で約6800円)で量産できれば、既存のオートメーション農業設備よりかなり安く、可能性がある。ヴィガンアシュラム全体で、だいたい30ほどのオートメーション農業プロジェクトがある。
インドはまだ人口の70%が農業に従事し、その多くが内陸部の水に不自由する場所にいる。ヴィガンアシュラムの解決法が成果を出し、人気を得られれば、多くの人の問題が解決する。この村はコミューンとして、常時60人程度が一緒に暮らし、フルタイムで新しいアイデアを実施している。
たとえば太陽光をパラボラで集め、料理をする仕組みがある。大掛かりだが一度作ってしまえばエネルギーなしで動き、300度ぐらいの熱を数時間巨大な鍋に供給し続けることができる。同時に温めた水を温水タンクに満たすこともできる。タンドーリオーブンなど、これまでできなかった料理をここでやることができる。まきや油、電気などが潤沢なら不要だが、インドの内陸部ではどれも充分ではない。

ヴィガンアシュラムで行っていることのすべてが、「すでにうまくいっていて明日から生活がガラッと変わる」ようなものではない。たとえば村で廃物から生成するバイオガスによる燃料供給は、うまくガスが生成できて、やっと3ドルの節約になる。そういう小さなイノベーションでも、研究開発としては大事だ。毎日使ってみて「きちんと使える」ことが分かれば、月あたり3ドルの節約は無視できない。
インドならではのイノベーション
同じイノベーションを支援する機関と比べて考えると、サンフランシスコでアイデアを集め、深センでプロトタイピングする、世界一のハードウェアアクセラレータであるHAXが支援するプロジェクトを選ぶ基準は、**「クオリティまたはコストが、これまでより10倍すごいにも関わらず、まだ世の中に出ていない」**ものだ。大学の研究室などに多くあるそうしたアイデアを、深センの速度とパワーで3ヶ月で製品化する。それだけの速度とクオリティが見込めないと世界トップではいられない。
ヴィガンアシュラムがやっているものはもっと小さな改善で、アイデアも大学の研究室などではありふれたものだ。現実化は最先端のプロトタイピング環境でなく、何年にも渡ってここで実際に人が生活する中で試されてから社会実装される。でも、数億の人が同じ問題を抱えている。

ここだからできる研究開発
村には3Dプリンタやレーザーカッター、プラズマカッターなどを備えた工作室もあれば、遠心分離機やさまざまな検査機を備えた検査ラボもある。最新技術に背を向けているわけでも、近代文明を否定しているコミューンでもない。




その文明の力は農村の問題解決のために集中している。家畜を買うのも作物を育てるのも研究の一部で、「一緒に生きて食べ、踊らないと学んだことにはならない」とマスターのDr.Yogeshは言う。外部からここに来て学ぶプログラムは通常1年で、それはすべての季節を体験するためだ。
インドの農村が世界とつながる
ヴィガンアシュラムの運営は、教育プログラムを提供しているインドの工科大(Indian Institute of Education){.markup–anchor .markup–p-anchor}によって大部分が賄われている。たいていのものを自給自足するヴィガンアシュラムでは、運営には大きな費用がかからない。ここで学ぶ学生のための奨学金など、予算のかかる幾つかのプログラムには個別のスポンサーがついている。
ここで行われる研究をもとに、たとえばグリーンハウスを大々的に売り出すなどのプロジェクトが立ち上がるときは、卒業生が起業して出資を募る。模範的なビジネスモデルの研究所といえる。
1983年、初代のマスターであるDr.Kalbagはアメリカで教育を受けた後、「多くのインドの村と共通する課題を抱える、普通の場所」を探して、ここパバルにヴィガンアシュラムを設立した。すでにオープンして20年あまり、インド政府他多くからのトロフィーがヴィガンアシュラムの一室を飾る。2002年、ここはアメリカの外で初めてのFablabとなり、2009年の第5回世界Fablab会議の会場ともなった。Fablabとしての名前はFablab 0(ゼロ)。このゼロは「常に始まりの場所である」ことを示している。ゼロでなくなる道が見えた卒業生は起業家や教師として巣立っていく。MITとインドの農村がメイカームーブメントとしてつながった。
ドラミングから始まった訪問は、一緒にダンスすることでフィナーレを迎えた。

By TAKASU Masakazu/高須正和{.p-author .h-card} on March 21, 2025.
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